極、私的な。

ちょっと前から立川談志のDVDを見ていて、CDも何枚か借りてi-phoneに入れていた。その矢先に、twitterで訃報が駆け巡った。
水道橋博士も「変な回分が出回り迷惑」ともつぶやいていたし、ああ、またデマかなんて思っていた。
だけども、本当に談志が死んだ。
伝聞通りに迷惑な人だ。まず何より、やっと魅力が分かったフリが出来る程度になってきていたし、ボーナスでDVDボックス買おうかなとか考えていたのに、今買ったらにわかファンと一緒にされる。「俺は談志を聞いちゃうよ、語っちゃうよ」という成りあがりのステータスを付けそこねた。何より、自分が死んだら、僕が大好きな爆笑問題伊集院光が寂しがるってことを知ってるってはずなのに死んじゃうっていう身勝手さ。もっというと、弟子達にかけた最後の言葉が「オマンコ」という放送禁止用語って言うじゃないですか。せっかくの大ネタがテレビで放送できないっていう。ここは嘘でも感動する話を持ってきて、ワイドショーを喜ばせるところですよ。
やっぱり「人格は最低、藝は最高」って言われ続けてきた人だけあります。
今この時期に立川談志について書いた記事は、死人にかんかんのうを躍らせるようなものだと思いますが、僕のような人間の、今の感情を残したいという業も肯定してくれることを期待して続けます。
僕にとって立川談志という人間は、月曜日と火曜日の前の前にいるような、土曜日のような存在だったんです。日曜日はもちろんあの人です。ビートきよしの相方の人、ちょっと名前ど忘れしちゃいましたけど。

爆笑問題カーボーイで色々と話題にあがっていたのを聞いていたってのが大きいですから、「太田光から見た立川談志」像が殆どなんです。大学に入ってしばらくしてCDを手にしてみても、いまいち凄さがわからない。その時は結構落胆しましたね。太田が褒めるものを俺はわからないのかって。
ただ、「芝浜」や「やかん」は好きでしたし、「源平盛衰記」はすげぇ!とは思っていましたが、「落語とは業の肯定である」とか、弟子に対する扱いとかの「誰かから見た談志」のほうが好きでした。
爆笑問題太田が編集した「笑う超人」を初めて見たときも、よくわかりませんでした。今考えると、純粋に楽しもうというよりは凄さを理解していやろうっていう気持ちのほうが大きかったからだと思います。ただ最近、肩の力が抜けたのか「笑う超人」を見直してみたら面白かったんですね。見るなら今だ!と思って、DVDやCDを見聞きし始めていたところだったんです。

今の時点で立川談志の魅力は何かと聞かれたら、単純だけれど「チャーミングさ」と答えます。高座の上でベロを出してぐへへと笑ったり、ドキュメンタリーとかで見れるはにかむような笑顔が本当にチャーミングなんです。
そのほかに怒った顔、悲しんでいる顔とかを演じるときは、表情豊かで見ていて飽きないんです。
どんなに上手い藝も、天性の可愛げには勝てないんだなと思います。


ぐぁーッ!