又吉直樹「第二図書係補佐」

ピース又吉が劇場で配られていたフリーペーパーに書いていた文章が本になった。この「第二図書係補佐」は、劇場に足を運んでくれる方たちに、自分が面白いと思った本に興味を持ってほしい、楽しさを共有したいという思いから書いたとあったが、対象の作は最後に3行ほど紹介しているだけであり、日頃気づいたことや思い出話を書いている正当派のエッセイとなっていてとても面白く読めた。
タイトルは「僕の役割は本の解説や批評ではありません。僕にそんな能力はありません。心血注いで書かれた作家様や、その作品に対して命を懸け心中覚悟で批評する書評家の皆様にも失礼だと思います。」とあるように、第一図書係である作者でも批評家でもないから、図書係の第二、しかも補佐ということから由来する。

だから、僕は自分の生活の傍らに常に本という存在があることを書こうと思いました。本を読んだから思い出せたこと。本を読んだから思いついたこと。本を読んだから救われたこと。
もう何年も本に助けられてばかりの僕ですが、本書で紹介させていただいた本に皆様が興味を持っていただけたら幸いです。

と前書きにはある。
紹介されている本のラインナップは

尾崎方哉全句集/昔日の客/夫婦善哉/炎上する君/万延元年のフットボール/赤目四十八瀧心中未遂/サッカーという名の神様/何もかも憂鬱な夜に/世界音痴/エロ事師たち/親友交歓(「ヴィヨンの妻」より)/月の砂漠をさばさばと/高円寺純情商店街/巷説百物語/告白/江戸川乱歩傑作選/螢川・泥の船/中陰の花/香水 ある人殺しの物語/イニシエーション・ラブ/山月記(「李綾・山月記」より)/コインロッカー・ベイビーズ/銃/あらゆる場所に花束が・・・・・・/人間コク宝/アラビアの夜の種族/世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド/銀河鉄道の夜/逃亡くそたわけ/四十日と四十夜のメルヘン/人間失格/異邦の騎士/リンダリンダラバーソウル/変身/笙野頼子三冠小説集/ジョン・レノン対火星人/夜は短し歩けよ乙女/袋小路の男/パンク侍、斬られて候/異邦人/深い河/キッチン/わたしたちに許された特別な時間の終わり/友達(「友達・棒になった男」より)/渋谷ルシファー/宇田川心中

というもので、純文学から娯楽小説まで幅広く紹介されている。何よりも嬉しいのはこの本は文字数が多い。空白があんまりない。これは嬉しい!紹介されている本の表紙の画像も載せられているのもいい。
上記のなかで、自分の本棚とかぶっていたものは「万延元年のフットボール」「高円寺純情商店街」「告白(著・町田康)」「江戸川乱歩傑作選」「山月記」「コインロッカー・ベイビーズ」「銀河鉄道の夜」「人間失格」「リンダリンダラバーソウル」「パンク侍、斬られて候」「がで、「告白」「山月記」「江戸川乱歩傑作選」は手に入れやすく、オススメできる。


読書家で知られるようになった又吉だが、本を読むきっかけについては、この本の中での作家・中村文則との対談で述べている。

又吉 (「トロッコ」は)初めて共感できたというか。それまで出会った本はーーーもちろんいい話やったりはするし、僕が読み方がわかってなかったというのもあったので、今読んだら違う印象なんでしょうけどーーーピンと来なかったんです。だけど、「トロッコ」を読んだときに、主人公の男の子と全く同じ経験はしていないけど、経験したような感覚をその時初めて味わったんです。で、続けて、「羅生門」をよんだら、”あれ?これもほかとは違う”と思って。

その二つの話の作者が同じ、芥川龍之介という一人の作家だということに気づいた又吉は、便覧で同じ作者の作品、同じ系統の作家を探して読んでいくようになったという。そして、その時に出会ったのが太宰治人間失格」だという。

又吉:太宰でいうと、ここは相手がちょっと怒っているから、この怒りを鎮めるためにボケなあかんとか、ふざけなあかんとか、侮られないとあかん状況とかっていっぱいあるんじゃないですか。太宰って(その描写が)ちゃんと理に適っているというか人間の本質的なものに添ってるから、ワードだけのボケじゃなかったりするんです。で、”なんでこんな難しいことしてんねやろう”と思ったことが「人間失格」の物語の中にあって。鉄棒のシーンで、逆上がりしてわざと転ける描写があるんですけど。

中村:あぁ、あれは嫌なシーン

又吉:そうですよね?僕は太宰を読む時、笑いを一つの目線で見てたんで、これはちょっとわざとらし過ぎてばれるかあ、”この人、すごい面白い人やとおもったけどちょっと残念な人やな”と思ったんですよ。そうしたら、そのあとに”ワザ。ワザ”って書いてた。そこで”オッケーラインだけやなくて、ここまでいったらわざとらしいっていうラインまでの感覚も一緒なんや”と思ったら、さらにファンになって。

鉄棒のシーンは有名であり、

クラスで最も貧弱な肉体をして、顔も青ぶくれで、そうしてたしかに父兄のお古と思われる袖が聖徳太子の袖みたいに長すぎる上衣(うわぎ)を着て、学課は少しも出来ず、教練や体操はいつも見学という白痴に似た生徒でした。自分もさすがに、その生徒にさえ警戒する必要は認めていなかったのでした。
その日、体操の時間に、その生徒(姓はいま記憶していませんが、名は竹一といったかと覚えています)その竹一は、れいに依って見学、自分たちは鉄棒の練習をさせられていました。自分は、わざと出来るだけ厳粛な顔をして、鉄棒めがけて、えいっと叫んで飛び、そのまま幅飛びのように前方へ飛んでしまって、砂地にドスンと尻餅をつきました。すべて、計画的な失敗でした。果して皆の大笑いになり、自分も苦笑しながら起き上ってズボンの砂を払っていると、いつそこへ来ていたのか、竹一が自分の背中をつつき、低い声でこう囁(ささや)きました。
「ワザ。ワザ」
自分は震撼(しんかん)しました。ワザと失敗したという事を、人もあろうに、竹一に見破られるとは全く思いも掛けない事でした。自分は、世界が一瞬にして地獄の業火に包まれて燃え上るのを眼前に見るような心地がして、わあっ! と叫んで発狂しそうな気配を必死の力で抑えました。
それからの日々の、自分の不安と恐怖。(太宰治人間失格」※青空文庫よりコピペ)

というものである、人気者として、道化を演じている様を、自分より下の人間だと思っていた相手に見透かされるという冷や汗がじっとりと滲むような嫌なシーンだが、「トロッコ」の「最初は楽しいけど、急に周りを見渡して冷めてしまう」感覚とも通じるものがある。
上の文章にぞわっとくるものがあって、ピースのコントが好きでなおかつ、読書をしてみたいが何から読めばいいかわからないという人は「第二図書係補佐」をまず読むといいと思います。
今後は、太田光に憧れて本が好きになったお笑い好きのように、又吉きっかけで本好きになるお笑い好きが出てくるってことを考えると、本も笑いも好きな自分としては、未来は明るいと思えますね。明るいよ!