ジャルジャル単独ライブ「ジャル10じゃねえよ」の感想。

ジャルジャルの単独ライブ「ジャル10じゃねえよ」を見てきました。
おそらく、300人も入らないような場所でのライブ。ネタは直球、変化球、緩急織りまぜたネタの一つ一つが最高で大満足だった。
それだけでもすばらしかったのに、最後の最後に用意されていた仕掛けは、単独ライブそのものを「一本のコント」にしてしまうようなものであり、ジャルジャルというコンビはサービス精神旺盛で、生粋のコント職人なんだと実感した。

「大阪の芸人は二度売れないといけない」という言葉がある。バナナマン設楽の「コントをやる人は二度売れないといけない」という言葉もある。その理論が正しいかどうかはわからないが、コントと漫才を作るうえで、コントは障害が多く、やりづらい部分も多いだろうとは思う。
たとえば、ナイツが言い間違えをする漫才をしても、オードリーがずれ漫才をしても、またそんなネタかよとはならない。きちんと、文体、スタイルとして受容される。
ただし、コントの場合は、少しでもボケやスタイルが似ていると、ネタの使い回しじゃねえかと思われてしまう。一見すると、ジャルジャルのネタのフォーマットはパターンが少ないのかもしれない。
そういう意味でも、ジャルジャルは誤解をされやすい芸人だろうと思う。KOCでの「おばはん絡み」を見たときは衝撃を受けたし、M1でのネタでは「漫才の解体」を堂々と仕掛けて、ニヤリとさせられた。僕はあの漫才を「中田カウスが評価をしていない」という事実が大好きだ。この二つのネタを組み合わせていたら、KOCの優勝も手中に収めることが出来ていたとも思える。
ジャルジャルのコントの多くは導入は「日常的」であるが、とあることをきっかけに「非日常」に入る。観客はライブ一本目のネタでその仕組みを理解し、「日常」の部分でもしっかりと待つことが出来、「非日常」に入った瞬間の気持ちよさを覚える。それはまさに「緊張と緩和」の構造だ。ライブに来ていた人たちは、地方公演という性質上、根っからのお笑い好きというわけではないのかもしれない。タレントを見に来たという感覚でチケットを買ったのかもしれない。それでもあの会場にいた観客全員が、ネタを理解し、全力で体感をしようとしている時間はすごく濃密で、すばらしい時間だなと思った。