頭をデザインする番組「考えるカラス」

早速ですが、問題です。あなたが一番最近考えたことは何でしょうか。
「最近のYOUはバラエティセンスが落ちて、ただ嫌なやつになっていないか」「携帯会社のCMはわざと外しにいっているのか」「AVのレビューで、ネタバレ注意と書いている人はいくらなんでも律儀すぎやしないか」等々、日々の生活で考えることは多いと思うが、今出した問題の答えはひとつしかない。それは「最近考えたことってなんだっけ」ということである。言葉遊びに付き合ってもらったので、お口直しにもう一問。
一本のロウソクに火を着け、そこにコップをかぶせると、火は消える。ではロウソクを二本思い浮かべて欲しい。一本は新品。もう一本はその半分ほどの長さ。それらに同時に火を着け、先ほどの例題と同様にコップをかぶせる。長さの違う、二本のロウソク。どちらが先に消えるか。同時に消えるという回答もありです。
さて、考えたでしょうか。
密閉された容器の中では火はしばらくすると消えてしまうということは、知識として多くの人が持っているものだ。そこに、一つの条件を加えることによって、「考える」という行為が必要になる。
この問題は、NHKでこの春に放送が始まった「考えるカラス」という番組で出されたもの。「考えるカラス」とは「観察し仮説を立て、実験し考察する科学の考え方を学ぶ」教育番組だ。企画、監修をしているのは佐藤雅彦東京藝術大学の教授であり、映像表現のプロだ。そのような形式だけの紹介よりも、CMの多くを担当しただけでなく、NHKでの「ピタゴラスイッチ」「だんご三兄弟」「2355/0655」の企画、監修をしている人だと言えば、顔も名前もピンとこなくても凄さは伝わるだろう。
ピタゴラスイッチを初めて見たときは、脳に電流が走ったような、不思議な感覚に陥ったのは今でも鮮明に覚えているが、その後に、爆笑問題がネズミに扮した、日本で屈指のシットコム爆チュー問題」にも関わっていることも知って合わせて衝撃を受けた。
全く異なるものを好きになっているつもりでも、同じ人の作品だと知ったときの、心地よさ、持っていかれかたと言ったらない。
爆笑問題カーボーイで、爆チュー問題が生まれたのは太田光の「バカがバカに何かを教えるコント」をしたいというリクエストから出来たものであると話していた。
爆チュー問題は、普通のたなチューが外で拾ってきたもの、多くは人間の生活品を拾ってきて、天才ピカリが使い道を教えて、それを実践するというコントだ。ただ、ピカリの説明はむちゃくちゃなもの。何も分からないバカが、分かったフリをするバカに何かを教えるという構図は、落語「やかん」と一致する。その舞台として、ネズミの住処が用いられていることと、立川談志の十八番で、太田光が家元の中でも好きなネタの一つにもあげる「鼠穴」がリンクしているのが意図的なのか偶然なのかはわからないが、流石としかいえない。
佐藤は映像表現だけではなく、名コラムニストでもある。著作も多い。そのどれも平易な文章でありながら、示唆に富んだ内容であり、読後は頭の中が活性化した心持ちになる。
先日、「考えの整頓」という本を読んでいたら、「おまわりさん10人に聞きました」という章にぶつかり、これこそが佐藤雅彦的な体験だと端的に説明できるものを見つけた。
季節はちょうど今頃、4月の半ば、仕事を追えて、徒歩で帰路についている佐藤は赤信号にひっかかる。信号が赤から青に変わるのを待っている間に、右前方の警官と老婦のやりとりを目にする。遠目でも老婦が、警官に道案内をしてもらっていることがわかる。老婦自身、地図を持っているようだが、小さく、わかりづらいのか、二人で首をかしげて地図に目をやっている。見るともなしに見ていた佐藤は、警察官の動作に、驚く。
おもむろに、警察官特有の帽子を脱ぐと、そこから、大きめの紙を出した。思わず、佐藤も、地図だ!と声を出してしまいそうになったという。老婦への道案内が終わったのを見計らって、警察官に声をかける。これはこの人特有のことなのか。訝しがられながらも、そのようなことを聞くと、人によります、と答えてもらった。
そこから道で見かけた10人の警官に、同様の質問をし、10の答えを並べてみると、面白いデータが出てくる。この、帽子に大きめの地図をしまうという行為は、警察官のあるあるではなく、若い警察官のあるあるだったということが浮かび上がってくるのである。
警察学校を出て、見知らぬ土地に赴任したばかりだと、自分もその町のどこに何があるのか分からないのは当然だろう。それでも、道案内や、事件事故で呼び出された時に、分からないではすまないのが警官の仕事なので、しばらくは大きめの地図が必要になる。ポケットに入れるには大きすぎる地図を入れる場所が、警察官特有のあの帽子の中ということになるのである。警察官の「考え」の結果である。
「考える」ということは人間特有のものではない。動物に備わっている、生来の機能である。佐藤の映像表現は、日常での「考える」よりも、プリミティブな「考える」を喚起させる。同著に書かれている「デザインとは『よりよく生きる方法』であり、アートとは『なぜ生きるか』ということから考えることである」という言葉を借りて、最後に改めて紹介するのであれば、「考えるカラス」は雑務に追われて散らかった現代人の考えをデザインしてくれる番組である。