「俺だって日藝中退したかった」を一年間更新して思ったこと

今年は意図的に、ブログの記事を沢山書きました。それは、去年の10月に池袋のジョナサンでコーヒーゼリーを奢ってもらって「ブログ書いてくださいよ」と言われて舞い上がったことが理由だったり、テレビがつまらないという紋切り型へのひねくれであったり、まとめサイトを見て世相を切って露骨な炎上商法を狙う馬鹿な女へのイラつきだったり、色々ありますが、やってみようという気持ちになったからです。
やるために「書き起こしをするなら空気感を伝える」「2000文字以上を書く」「自分の考えは入れる」というルールを定めてみました。いくつか外れているものもありますが、基本的には自分の判断の中ではその枠内でやってきたつもりです。
書いた記事は28本、一週間に一本のペースには半分しか及んでいないということでまだまだなんだなということもありますが、木っ端三下お笑いブログを一年通して更新したことに少し達成感を覚えていますし、幾ばくかの自信にもなりました。何より、文章を書く事が本当に好きだということも改めて気づきました。読んでくださった方、ありがとうございます。
バナナムーンの2013年12月13日のポッドキャストは、本放送に続いて東京03の飯塚、豊本が参加していた。その回を、自分で商品リストにゴリ押しで加えさせるほどに欲しかったタブレット端末を見事に当てた忘年会の帰りに、1時間半くらいかけて聞きながら歩いて帰った。
構成作家のオークラや飯塚の視点からの人力舎黎明期の話も面白かったが、何より設楽の年間一位のテレビ出演を二連覇したという話題を受け手て、東京03とテレビ出演についてのパートは本当に濃密だった。設楽から、03はテレビに向けられるはずだ、そのためには飯塚が引っ張っていかないといけないと話していた。
信頼しているからの激励であり、バナナマンとしても東京03の現状に、何か思うところがあるのだろう、例えば、テレビに出たり、一度売れることで、コントや東京03に何かフィードバックできるものがきっとあるはずだし、それはきっと悪いことではない、そして東京03はそれが出来るはずだというものだろう、そういった気持ちが設楽の言葉から随所に感じられた。
先日出版された「お笑いラジオの時間」を読んだ。おぎやはぎのメガネびいきダイノジ大谷ANN、南海キャンディーズ山里の不毛な議論、オードリーのANN、東京ポッド許可局を初めとして、今のラジオを切り取っていて、インタビューも深い話が聞けて楽しめた。
Kproという関東ライブシーンでも絶大な支持を得るお笑いライブ・イベント制作会社がある。その代表者の児島気奈さんという方が会社の10周年を記念しトークライブを行った。勿論行けてはいないのだが、それをまとめたつぶやきを見たり、雑誌でのインタビューを読んだりと色々と考えた。
ブログを更新して、始めるころにもっと反応あるかなと思ったけど、思っているよりはなかった。まあそれは勿論といえば勿論だけれど、ブログのアクセス数だったり話題に挙げられることって本当に難しいことなんだなと思った。
これらに自分のブログに入れることなんて烏滸がましいのは重々承知ですけれども、DVDを一万枚売ることを目指しているグランジ、若手芸人がライブだけでも生活をできることを目指すKpro、ラジオ、2000年代にエレキコミック、03、許可局、ダイノジのようにDIYで芸人という職業を続けてきた人達のそれぞれの行動が、自分のブログについて考えていた「外に向かう」ということでリンクしていて、何か一つのきっかけで全てが解決しそうにも思えるし、それは勘違いで全くの別問題なのかもしれない。
これからは、外を内にするためにどう広げるかということが鍵になっていくとは思っている。
まだ、来年のブログをどういったルールで考えていくのかはまだ決めていませんが、仕掛けていきたいとという気持ちはあります。


2013年の僕から以上!!