大竹まことの『ゴールデンラジオ』のゴールデンヒストリーのハガキ職人特集を聞いて思っちゃったんだからしょうがない。

 文化放送で放送されている大竹まことの『ゴールデンラジオ』のゴールデンヒストリーという、一人の人の歴史を大竹まことが読み上げるコーナーで、先日一週間の間、ハガキ職人を特集していた。
 ファイヤーダンス失敗さん、ウノTさん、顔面凶器さん、赤嶺総理さん。深夜ラジオを長く聞いている人なら、ピンとくる人達それぞれの歴史が読み上げられていた。
 なかでも、心に引っかかったのは、ファイヤーダンス失敗さんの歴史だった。バナナマンの『バナナムーンGOLD』リスナーには一番馴染みがあるからというのもあるが、その歴史に、強く共感してしまったからだ。
 「ラジオネーム・ファイヤーダンス失敗。数年前まで深夜ラジオを中心に活躍していたハガキ職人です。本名・山口慎太郎、二十歳になるまでラジオを聞いたことは一度もなかったといいます。高校時代は軽音楽部に所属。華やかな思い出は一つもありません。通っていたのはサッカーの強豪校。全てがサッカー部を中心に回っていたそうです。サッカー部の部費は百万円以上。軽音部はたった600円。誰にも相手にされずひたすら部屋に籠って少ない仲間と楽器の練習をしていました。しかし、山口さんはベースの腕前が認められ、高校を卒業する直前、当時東京で活躍していた人気アマチュアバンドにスカウトされます。山口さんは東京の大学に進み、音楽活動に打ち込みます。初めての彼女もできました。しかし、上京からおよそ一年半後、メンバーと喧嘩をしてバンドを脱退、音楽を辞めてしまいます。さらにちょうどその頃、付き合っていた彼女に振られます。大事にしていたものを全て失いました。何もやる気が起きず、学校にも行かず、家とバイト先をひたすら往復するだけの毎日。地元を離れ、友達は一人もいませんでした。バイト先はスーパーのバックヤード、肉や魚を切って、床にこぼれた血を、ひたすら掃除する仕事でした。誰とも会話をしていなかったので、声の大きさを調整出来ず、コンビニで何でもないやりとりをする時にうっかり大声が出てしまうこともよくありました。生きている意味が分からない。そんな生活が二年近く続きました。ラジオを聞き始めたのはこの頃です。ある日、兄に薦められたバナナマンのラジオに何となくメールを投稿してみました。初めてメールを読まれた時のことは忘れられません。正直大した内容じゃなかったんですけど、どーんって来ました、ほんとうに。名前を読まれた時に思ったんです。あ、俺、いるんだって。これをきっかけに山口さんは本格的に投稿を始めます。何も楽しみがない毎日の中でバナナマンに笑ってもらうことだけが救いでした。いつの間にか、二人のことが大好きになっていました。メールは番組開始前に20通以上、放送中に50から60通、番組が始まるのは金曜午前1時。いつもこの時間が近付くと頬にビンタをして気合を入れていたといいます。嘘みたいな話なんですけど本当の話なんです。あの頃はもう他に何も無かったんで。ここで頑張らないと俺の存在意義は無いって、完全に思いこんでました。少しずつ採用数は増えていき、ファイヤーダンス失敗というラジオネームはラジオリスナーの中でも有名になっていきます。自身をつけた山口さんは他の番組にも投稿を始めます。おぎやはぎバカリズム伊集院光。好きな芸人に名前を呼ばれるたび、生きていてもいい、そう言われた気持にもなりました。途中からは色んな人に面白いと思ってもらいたいとか、少しずつ欲が出てきたんですけど、正直最初は全然そんなの無かったです。どこにも居場所が無かったんで。バナナマンの二人にただ自分の名前を読んでほしかったんです。山口さんは大学を卒業後、映画館でバイトをしながら、脚本家を目指しています。大きな目標の一つは自分の書いたドラマにバナナマンに出てもらうこと。現在、24歳。人生二人目の彼女はまだいません。」
 綺麗なオチからの、theピーズの「実験4号 」という最高の選曲どん。最高でした。
 ネットストーカーの本領を発揮してしまい、ファイヤーダンス失敗さんの地元が、大学時代四年間暮らしていた県だということを知った。あの、『バナナムーンGOLD』でお馴染の節分になるとブースに乱入してくる鬼のお兄さんもということになる。

 これは今から10年ほど前の話であり、バナナマンは『WANTED』という番組をやっていて、僕は『ボーイズオンザラン』のVS青山戦と『HUNTER×HUNTER』のキメラアント編を毎週立ち読みするだけのゴミ虫だった。  
 バナナマンの『WANTED』はこれが火曜日の深夜3時から5時という時間帯で放送されており、本当に誰か聞いているのかなと思いながら聞いていた。メールや、リスナーが電話で番組に出ていたにも関わらず。その前の時間で放送されていた、くりぃむしちゅーのANNを聞いている時はそんなことは思わなかったのに。この感覚だけは、SNSが発達した今の時代ではほぼ失われたのかもしれない。
 友達もいない、生きがいもない、勉強も頑張っていない、毎日がバイト先と家の往復でしかなかった大学生活まではファイヤーダンス失敗さんと共通しているのかもしれないが、それはハエと人間の遺伝子の大多数は同じものというレベルの話であって、東京にもいない僕は、構成作家になるために上京する勇気も、メールを送る根性もなかった。あまりにも未来のことや自分のことを考えていなかった。今改めて振り返ってみても、何の意味もない四年間だったと思う。
 時は流れて、今年の六月ごろに、伊集院光の『深夜の馬鹿力』の1コーナーに送るメールを考えてみた。一週間かけて考えられるだけ考えて、それでも30通くらいしか思いつかなかったけど、送ってみた。それを三週間ほど続けていたら、「ラジオネーム・・・・・・」とついに読まれた。『深夜の馬鹿力』を聞き始めて15年以上経って初めてのことだった。もちろん他のラジオでも読まれたことはない。ラジオネームは自分のもので、嬉しいと感情よりも、何とも表現できない気持ちが先だった。自分が考えたネタを伊集院光が読んでいるということは認識できるけれども、何を言っているのかはわからない。やっちまった、という感情の方が近いのかもしれない。もちろん、その後、一気に嬉しさが押し寄せた。その日は全く仕事が手に着かなかった。
 間違いなく、ラジオはメールを送らない方がノイズなく楽しめる。これは間違いない。フリートークが始まってしばらくするとそわそわしだして、送ったコーナーが始まろうものなら、もう気が気じゃなくなる。読まれなかったら、本当に落ち込む。
 でも読まれたら、信じられないくらいに嬉しい。50通近く送って読まれるのが1通だとしても、今週も頑張ってメール送ろうって気持ちになる。
 これでメールをバンバン読まれたら、大学生の俺も成仏出来るかなと思うものの、現実は全然甘くなく、まだ他の番組で読まれる気配はない。ひとつのラジオの1コーナーで一週間かかってしまう。考えれば考えるほどに、鈴虫食べ太さん、化け物だろと思ってしまう。
 まあでも、もう一つだけ間違いないと言えることは、メールは「読まれなかったのは面白くないと思われた」じゃなくて、「読まれたら面白いと思ってもらえた」ということだ。高校生のときに気付けばよかった。
 だから、これからもメールは送ると思う。
 あ、ラジオネームはまだ内緒で。年末のベストラジオあたりで発表して、驚かれるくらいになっているように頑張るために。