石をつかんで潜め(Nip the Buds)

ex俺だって日藝中退したかった

ドキュメンタリーラジオ『空気階段の踊り場』は、クズとマザコンのドンフライ高山戦。「もぐらご祝儀泥棒事件」から「かたまり号泣プロポーズ事件」まで。 

 2018年10月12日放送の『空気階段の踊り場』で、パーソナリティーである空気階段の水川かたまりが、収録中に嗚咽を漏らして号泣してしまうという事件が起こった。
 ことの発端はかたまりが禁煙しているという話の中で、かたまりが「お金を貯めないといけない」という言葉をぽろっとこぼしてしまったことからはじまる。その発言を、相方の鈴木もぐらが逃がさず、それはどういうことだと追求していくと、かたまりの口から「家がない」「1人のためにやりたいことだから」「同棲してたんです」と情報が小出しにされる。その結果、かたまりが、少し前に同棲していた彼女と別れることになってしまったので、家を探さないといけない状態にあるということが発覚する。
 深夜ラジオを聞き始めてからもう20年近く経とうとしているが、彼女と別れたこと、ましてやその元彼女のことを「本当に好きだったんです、信じられないくらいに好きで」「全部を変えてくれた女性なんです」という放送をはじめて聞いた。
 その二人が別れる経緯は、色恋だけではなく、賞レースの決勝に進めなかったという、より切実した若手芸人のリアルも絡んでいた。そのことを話すうちに、感情のダムが決壊してしまったのか、かたまりは泣きだしてしまう。もぐらはそれを見て「泣くなよ!28だろ、もう!」と発破をかける。それに対してのかたまりの「泣いてないですよ。今まではこの一ヶ月間は泣いてなかったんだよ。」という返しはペーソスが詰まった笑いそのものだ。
 この二時間十五分後に、番組のエンディングの収録が再開し、かたまりが元彼女にあてて書いた手紙をSuperflyの『愛をこめて花束を』をBGMに読み上げる。
 その手紙は「最初は全然タイプじゃなかったんですけど」という言葉から始まり、二人の思い出を挟みつつ、「二度と泣かせたりしません」と決意を込め、最後は「世界で一番大好きです。だから、僕のお嫁さんになってください」としめられたものだった。
 全く癒えていない傷をさらけ出しながらも、手紙に高い構成力とアクロバティックなオチをつけるという生粋のコント師としての高いポテンシャルと、抱えもっている深い業を見せる。その後、もぐらが最後に「来週はチャンピオンライブ一時間スペシャルのためお休みです、残念!」と発表して脱力させるオチが番組としてついて、深夜ラジオとして成立させている。それだけでなく、かたまりの話から、「別れたことを翌日にはもぐらに報告した」「もぐらは(かたまりの)彼女に会ったことがある」と、仲の良さがうかがえるエピソードが端々から漏れている二人の関係性が、この件の悲壮感を薄めているところが良い。 
 これらが絶妙なバランスで支え合っているからこそ、『空気階段の踊り場』がドキュメンタリーラジオたりえるのである。
 放送中に泣いてしまったということもなかなかのニュースなので、その噂を聞きつけて、タイムフリー機能などを利用して本放送を聴取した人達も、この人間ドラマを楽しんだことだろう。この「かたまり号泣プロポーズ事件」だけでも充分に楽しめる放送であったが、実は、その前に行われていた「もぐらご祝儀裁判」から物語は始まっていたのである。この放送には、「かたまり号泣プロポーズ事件」の伏線が張られていたのである。
 その鈴木もぐらを被告とした「もぐらご祝儀裁判」では、彼女と別れて番組の収録中に涙を見せたかたまりは、検察官となって嬉々としてもぐらの罪を攻めてていたからである。これもひとつのフリとなっていたからこそ、かたまりの涙でリスナーは爆笑出来た。つまりは、この涙を楽しむためには、『HUNTER×HUNTER』の「王位継承戦編」と同じくらい流れを把握していないといけなかったのだ。
 紹介が遅れたが、水川かたまりの相方である鈴木もぐらはクズである。ご存知の方も多いと思うが、ギャンブルと風俗でこさえた借金が六百万円近くあり、大家さんに「お前は人間のクズだ」と言われて土下座をさせられたこともあれば、ミルクティーを飲んで歯が欠けた事もある。
 30年近くずっと素人童貞だった鈴木もぐらに彼女が出来、その後妊娠が発覚、結婚となった。これらは全て番組が始まってからの話であり、杉並区役所にもぐらが婚姻届を提出したところの音声も流れた。その回の放送では、もぐらが妻の苗字を名乗ることもしれっと発表された。かたまりも、そのことをリスナーと一緒に聞かされる。
かたまりは当然のごとく、「新しい苗字は?」「なんで妻の氏を名乗ろうと思ったの?」と追求するも、もぐらは「その考えが古いわ!」と一蹴して、その理由と新しい苗字を明かそうとしない。
 もぐらは、さも進歩的なことをしているように言っていたが、「子供の性別は子供自身が自分自身に決めさせたい」ときちんと配慮と思慮を重ねて言っていた神田松之丞の妻とは違って、苗字を変えることによる借金対策だと睨んでいる。古くは5代目・古今亭志ん生が借金取りから逃げるため、『ナニワ金融道』に載っていた、苗字に濁点を加えて別の苗字に変えてから、もう一人分の限度額いっぱいお金を借りるという手口と一緒のやつだ。
 これはただの悪口ですけど、この松之丞のエピソードを紹介するときに「うちの師匠、齢七十五の、凄い長いこと日本で生きているうちの師匠に言える?」というオチまで言わない人ってあんまり信頼出来ないですよね。政治利用って感じで。
 話を2018年10月5日放送の『空気階段の踊り場』の「もぐらご祝儀裁判」へと戻す。この裁判は、鈴木もぐらの妻であるともみちゃんから番組宛てに「南海キャンディーズの山里以外からのお祝儀の情報が自分にまで届かない。どうか何らかの方法で私にまで辿り着くようにしてほしい」という告発メールが送られたことを発端としている。
 二人だと喧嘩になるからということで、元巨匠の岡野も傍聴人として参加したこの裁判での、もぐらの罪状は「作家さんにもらったご祝儀でラーメンを食いたいと騒ぎ出して、ともみちゃんはこれは赤ちゃんのために使いたいから駄目だって言ったら、お前はふてくされて、だったら俺は家にもう帰らないと、いやこれは赤ちゃんのために使うからと言ったら、いや違う、俺はクズだから、クズっていうキャラでやってるから、作家さんも俺がろくな使い方をしないことを望んでいるっていうふうな主張をして夜中の高円寺で騒ぎだした、あきれ果てたともみちゃんがそんなに言うんだったらもういいって言って、そのご祝儀をもぐらに渡した」という横領罪。
 もぐらは「『(ご祝儀は)俺の金だ』とは言っていない、『家の金だ』と言った」というやや苦しめの弁明をしながらも、「俺のキャラだから面白く使う」という発言を認めたりしながら裁判は進み、もぐらの吸っているタバコの銘柄にまで飛び火する。このタバコは、「かたまり号泣プロポーズ事件」への第一の伏線にもなっている。
放送内の裁判はもぐらが罪を認めて謝罪、判決として「タバコをやめる」が言い渡されるが、ラジオクラウドで配信されているアフタートークでは、第二審が始まった。その第二審は特にひどかった。
 第二審では、第一審で追及し忘れた、もぐらがともみちゃんに言った「芸人のルールでは、ご祝儀を返さなくてもいい」ということが俎上にあがるが、ここでもぐらが「かたまりが、ご祝儀の報告がされているかどうか」をともみちゃんに確認したことがそもそも悪い、「俺はそれに本当に怒っている」と暴れ出す。まるで一定のダメージを喰らったら、形態が変化して攻撃の手数を増やしてくるゲームのボスだ。
 ともすれば、ガチの喧嘩に発展しそうにもなりそうであったが、それでも、「ラーメンラーメン!」や「こいつ(かたまり)は俺(もぐら)が幸せになるのが嫌いなんですよ!」、「俺を見下して、俺のちょっと上で生きていたいんだよ一生。俺(もぐら)が棺桶に入って燃やされる時にちょっと上から見てたいんだよ。あ、こいつ、俺のちょっと下のまま死んでいって骨になっていったな」っていうもぐらの言葉が面白すぎて、絶妙なラインの上をキープする。
 そしてなぜか、「かたまりがもぐらの幸せをかきまぜるためにご祝儀泥棒をでっち上げた罪」でかたまりが被告となって糾弾されてしまう。
 まさにどう転ぶか分からない、むき出しの殴り合いである。
 かたまりは第二審で「心から祝福したい気持ちはあります。友人ですし、相方であると同時に」「ずっとさぁ、面白いことやっていこうぜって言ってさぁ、お前が面白く見えるように、どうやったら面白く見えるようにって考えてさ、そのコントとかも書いてさ、ある程度順調に階段登ってきたじゃん俺たち。もう少し頑張れば売れるってところまで来てるじゃん」「クズだとかマザコンだとかそんな余計な要素はいらないんだよ、俺達に。シンプルにおもしれー二人で売れて行くっていうのが一番良いじゃん。そうなりたいんだよ、俺だって」と、さらりと『べしゃり暮らし』のような言葉もこぼす。この、かたまりの上手く誤魔化せずに本音を漏らしてしまうというところも、「かたまり号泣プロポーズ事件」への第二の伏線となっている。
 最終的にはかたまりが「火種をまいてしまった」ということを謝罪し、「二人で頑張って売れて行こう」と言って握手をして、クズとマザコンのドンフライ高山戦のような裁判は「タバコ禁止」「空気階段は協力して頑張る」という結末をもって結審となった。
 そして、リスナーが二週間待たされた2018年10月26日放送の『空気階段の踊り場』にて「かたまり号泣プロポーズ事件」のその後についてのトークがあった。もぐらもリスナーと一緒で、その後どうなったのかを、はじめてこの場で聞く。
 先々週の放送前に、元彼女に「放送を聞いてほしい」というLINEをしたかたまり。返事は無かったものの、既読になったことは確認しかたまりは、その日のライブの前に花屋で12本のバラを買う。バラはその本数によって意味が変わってくるらしく、12本のバラは、「僕のお嫁さんになってください」を意味するという。
バラの花束を劇場に持ち込むと、芸人仲間から冷やかされてしまう、ということで、コインロッカーに預けてから、劇場に入っていったというかたまりが、なんともいじらしい。
 ライブを終えた後、放送が始まるまで時間をつぶす。その間の緊張感たるや、想像するだにこちらも吐きそうになってしまう。しばらくして放送が終ったを見計らって、かたまりは元彼女の家に行き、ドアのチャイムを押す。出てきた元彼女に「今喋ったのが(放送で話したこと)が俺の気持ちです」とだけ伝える。元彼女はかたまりの気持ちを理解しつつも、「結婚できない、ごめんなさい」と言いドアを閉める。そうして、かたまりは、自分がふられてしまったということを報告した。
番組のエンディングでは、まさかの元彼女からの手紙をもぐらが読み上げるという展開に。ドキュメンタリーがすぎる。元彼女に「かたまりへ手紙を書いてください」と言ったスタッフは、『FAKE』で佐村河内に「曲作ってみませんか」と仕掛けた森達也と同じ仕事をしている。
 もぐらが手紙を読んでいる間も、読み終わった後も、かたまりは泣いていて、「うぅ~~~」としか発せなくなってしまっていた。そんなかたまりを「もう泣かないって言ったじゃない」「泣くなってもう!泣くなよ!」というのが、なんとも「おにいちゃん」をしている。ご祝儀泥棒のくせに、こういう面を見せるからもぐらはずるい。
 そうして、「かたまり号泣プロポーズ事件」は幕を閉じた。
 『空気階段の踊り場』はもともとドキュメンタリー色が強い番組だ。まだ知名度も少ない若手芸人が、ラジオのネタ番組で年間チャンピォンとなり、番組を獲得したところから始まっているという経緯からしてそうで、ずっと若手芸人の悲喜こもごもが詰まっている。
 小さいことでいえば、もぐらが吉本の養成所に入るためのお金を貸してくれたが風俗店のオーナーがいるのだが、その人にお礼がしたいが連絡を取れない、と情報を持っているリスナーを呼び掛けたりしたこともあった。もぐらはその人のフルネームを知らないという。何故かというと、風俗業界は、経営者は偽名を使うという慣習があるからということで、そうなると携帯電話などの連絡先が分からなくなると探し様がなくなってしまうらしい。もぐらといい、やたらと本名が隠される番組である。
 なので、たまたま、ここ一、二カ月でそのドキュメンタリー性が連続して現れたというわけではないのである。他にももぐらの母、もぐらの妹みーちゃん、かたまりの母のもえちゃんなど濃いキャラクターも登場するのでそれは各自リスナーとなって把握していってほしい。
 ただ、忘れてはいけないのは、空気階段は、前述したように、『マイナビ Laughter Night』の年間チャンピォンを二連覇しているように、ネタのクオリティは折り紙つきだ。あの伊集院光がオススメしていた「携帯の電波を発信する機械を腹にぶち込まれているおじさん」をはじめ、「建物探訪に来た渡辺篤史が、家主の奥さんと犬、最後には家主を殺して犯す」ネタ、「浮気男がクローゼットに隠れたら異世界に飛ばされて、全ての女性の顔が鈴木もぐらに見えてしまう呪いをかけられる」というネタなど、設定からしてぶっとんでいて面白いネタをいくつも持っている。つまり、爆売れする準備はすでに出来ているというコンビなのである。
 とまあ、これまでの事件をここまできちんと書いてきたた理由は一つ、ファンとして、リスナーとして、ただ、今を空気階段の爆売れ前夜として記録しておきたいからだけである。

 


(;_;)/~~~


勝手にテーマソング
ミドリカワ書房「馬鹿兄弟」
http://j-lyric.net/artist/a04cb91/l0171c3.html