石をつかんで潜め(Nip the Buds)

ex俺だって日藝中退したかった

女子メンタルは、ドキュメンタルという実験の結果なのか。

 フジテレビの特番『まっちゃんねる』の中で、Amazonで配信されている、『ドキュメンタル』を女性タレントで行うという「女子メンタル」というコーナーがあったのだが、これが思った以上に、面白かったし、何より、現代のメディアにあるホモソーシャルの極地であり、それを産み出す土壌としてのドキュメンタルのフォーマットを用いながら、それらがなく、テレビでの放送に耐えうる笑いが生み出され、満足度も高い結果になったというと、では、松本がドキュメンタルに対して何度も重ねている、実験の場という発言は正しかったのか、過激な笑いの有用性とはなどと考えてしまった。このことは、じゃあ、昭和女子大学出身の女性の医者は優秀ってことかで済む暢気な話ではないのではないかとも思わせる。みやすのんきではないのだから。

 ここでいうホモソーシャルな笑いとは、異性を恋愛の対象とする男性同士であるということに依拠した笑いであり、男性器を玩具にするなどで笑いあうというものであるが、少なくとも、今回の女子メンタルでは、その土俵には上がっていなかった。女性が土俵に上がるというとまたややこしいことになるが、少なくとも、基本的には、性別という要素に止まらない笑わせあいになっていた。

 女なのに、男ばりに体を張ってるという印象は殆ど感じられなかった。これはこと女子メンタルだけのことかといえば、そうではなく、笑いの取り方のマニュアルが男女問わず広まっていることと、女性がガンガン笑いを取るという光景に慣れているといいうここ10年の蓄積があるからかもしれない。そして、このレベルのメンツを揃えられたのも、もしかしたら5年前では難しかったかもしれない。それくらい、女性タレントの特性が高いレベルで多牌になっているということでもある。

 ホモソーシャルな笑いであることで批判を受けることもあるこの企画を女性がやることである一つの完成形を見ることができたというのは、あながち不思議なことではないのかもしれない。

 時間が短い、モニタールームには松本だけでない、100万円を払っているというリスクを参加者が背負っていない、など、芸人をアスリートとして扱っている演出が強い本家とは異なって、視聴者側が何も気負わずにいられたことで笑いやすくなっていたという側面があるために、本家を超えたなどとは一概には言えないが、少なくとも、本家でも通用するようなくだりが幾つもあったことは間違いないし、何より、本家同様に仕掛けた人が結局笑ってしまうカウンターや、笑いの感度が高いと攻撃力が上がるけどその分ゲラになるという諸刃の剣現象も見ることが出来たことが、本家と遜色ない見応えを生み出した。特に後半のグルーヴ感だけで言えば、名勝負だった。

 特に一番、映えていたボケは、ファーストサマーウイカの、松本の本に付箋がたくさん張っていて、浜田の本には全く張っていないというものだった。本に付箋がたくさん張っているというそれだけでも面白いのに、そこに全く付箋が貼られていないという本を並べるというボケに、当時のダウンタウン好きにとってのあるあるというものも乗っかっている素晴らしい攻撃だった。ただ、その分、全体的にウイカは誘導がやかましかったという西の悪いところが出ていてマイナスポイントも浮き彫りになっていた。

 ゆきぽよに関しても、みちょぱの隙間産業だ下請けだと、僕や深夜ラジオに投稿しているリスナーに何かあるたびに言われているけれども、ナチュラルで繰り出した、峯岸への「カツラはいつぶりですか?」といった仕掛けによってゲームが展開したし、心のこもっていない、合コンというよりはいじめに使っていたという偏見を持ってしまいそうにざわつく一気飲みのコールなどに関して言えば、めちゃくちゃ良いムーブとなっていた。天性のバランス感覚を持ったみちょぱでは、この危うさは出せなかったかもしれない。さらに、ドキュメンタルのシステムとして面白いところなのだけれど、実は笑いの勘所が悪いゆきぽよだからこそ、防御力が高くなっているという強さも感じられた。

 さらに、興味深いことに気がつかされたのは、容姿が笑いの量に明らかに左右されていた場面だった。

 それは朝日奈央の二つの攻撃についてで、一つは、朝日が股間に白鳥の顔がついたバレリーナに扮した際、ちょっと、美人すぎることが邪魔になってしまって、あんまり面白いとは思わなかった。反して、朝日が最後に繰り出した、男性の顔の下半分が模された大きなマスクをつけて登場したとき、朝日の顔は半分以上隠れ、目だけが見える状態だったのだが、その目が端正すぎたことが、マスクに描かれている顔と妙にマッチングしたことで、目はめちゃくちゃ綺麗な顔の長いおじさんとなって、これがやたらと面白く、実際、ゲーム最後の畳み掛けの起爆剤となった。あそこでもし、マスクの下にもう一枚、さらに意表を突く仕掛けが仕込まれていたら、朝日は峯岸を笑わせて、一番気持ちいい形で優勝していたのではないか。

 朝日のこの二つのボケで美人は笑いを取りづらいのかという昔からある問いへの答えの片鱗を掴むことが出来たような気がした。

 朝日には、バカリズムに会った時に、少し褒められるかなと思ったら、そのことを指摘されて悔しがるということになっていてほしい。

 ウイカとは対照的に、関東芸人の美学を受け継いでいるかのように仕掛けにシームレスに移行するところや、松本の真似をする時に、部屋の湿度を気にし過ぎるという一点で突破しようとする角度の入れ方と、角度を入れすぎてあまり伝わっていなかったところなどが好みだった個人的には朝日に優勝してほしかった。

 峯岸、朝日と合わせてキーマンとなったのは、金田朋子だ。本家でいう、ハリウッドザコシショウを思わせるほどに参加者からすれば恐怖になってたであろう。自らフったり、フラせるように誘い込んでは、綺麗に落としということを華麗にやってのけていた。バラエティに出ている時は、ただの奇人のようであったが、ここまで、自分の強みに自覚的だったとすると少し話が変わってくる。ただ、冷静に考えれば、もともとは役者なのだから、俯瞰的な視点もあるのかもしれない。そうすると、途中に、自分で笑ってしまってイエローカードをくらったのも、番組のためにわざとやったのではないのかと勘繰ってしまうほどだ。

 さて、峯岸である。バラエティの第一線活躍しているとは言い難いので、はじめにメンツに入っているのを見た時に、あまりピンと来なかったのだが、思わぬ伏兵であり、走攻守揃った素晴らしい闘いっぷりであった。繰り出したボケは、アイドルがゆえの暴露、過去のスキャンダル、ガチャピンに似てると言われてきたことに由来する扮装といった、発想こそブッ飛んではいないものの、ニンに即したもので、最後の全員からの攻撃に耐えている様子からのゲーム終了のホイッスルがなった瞬間は思わず声を出してしまったほどだった。

 本当に第二回が楽しみで仕方がない。参加者ドラフトだけでも心が躍る。次は女芸人が投入されるも負けまくるかもしれないし、人生を出し尽くした峯岸は山王に勝った後の、湘北のようにあっさりと第二回では負けてしまうかもしれない。

 先日、配信で「全日本コントコレクション」というライブを見た。全体を通して、素晴らしいコントが見られたのだが、中でも、蛙亭パーパー相席スタートという男女コンビが3組続けて登場したパートがあり、これだけでも、チケット料金の元をとれたなと思うほどに、良いものだった。

蛙亭デートDVパーパーはコロナ禍におけるカップル、相席スタートカップルの別れというネタをやっていて、その多様さに心が満たされた。まずもって、自分が芸人をやろうというときに、男女のコンビをやるということに対して、少し躊躇ってしまうと思う。漫才ならまだ分かるが、ましてやコントであったら、設定の幅が限られてしまうのではないかと臆してしまう。しかし、現時点で男女コンビのコントがここまで広がっていることから、それは甘えになってしまう。

 同じく配信で見た、マイナビラフターナイトの月間チャンピオン大会に出ている女芸人は、ぼる塾、吉住、ラランド、蛙亭と、全12組の中に7人もいた。それが、女性のトリオ漫才、ピンコント、男女コンビの漫才、男女コンビのコントという、あまりにバランスの良いメンツだった。

 ともすれば、お笑いはジェンダー的な正しさで叩かれがちだが、日本においては一番先進的であるのかもしれない。 

 いや、今年は、THEWが俄然楽しみになってきた。