石をつかんで潜め(Nip the Buds)

ex俺だって日藝中退したかった

世に万葉のでたらめが舞うなり。「爆笑問題30周年記念単独ライブ『O2-T1』」感想

 舞台照明が点くと、そこには田中扮する一人の男がイスに座っている。イスは何脚も並んでいるが、まだここがどこなのかは分からない。だらしなく着たスーツと、ゆるめられたネクタイから、男が仕事帰りのサラリーマンであろうかということが何となくわかる。そこへ、同じような格好の太田扮する一人の男が携帯で電話をしながら、登場する。もしかしたら、駅のホームかもしれないと考えながらも、二人の会話劇によってコントの世界へと引き込まれていく。
元号が変わる」「地下鉄で何かばらまかれた」「ビルに飛行機が突っ込んだ」という、「平成」という時代を匂わせる言葉が出てきつつ、田中扮する男が、太田が扮する男に徐々に翻弄されていく終始不穏な空気を纏ったコントで、「爆笑問題30周年記念単独ライブ『O2-T1』」は幕を開けた。
 それから2時間以上に及んだライブは、長尺コント5本のみで幕間映像もないという構成の、コントライブだった。最初のコントの他には、部屋に集まった、別々の数字が書かれたTシャツを着た男二人の「数字男」や「兵士」、「医者と患者」、そして最後はまさかの「爆チュー問題」だった。それまでのコントでネズミということが出ていたにも関わらず、おそらく誰もこのラストのコントを想像していなかったであろう。実際、たなチューが登場した瞬間に、観客からの歓声が会場に響いた。
 しかも、その爆チュー問題も、単なるファンへのサプライズではなく、一番重要で、かつ爆チュー問題でなければといけない、というものであった。
 これら5本のコントは、時間や空間、次元、果ては台本とアドリブ、登場人物と爆笑問題、それらの壁を難なく乗り越えて、縦横無尽にかつアクロバティックに2時間以上舞台を駆け巡り、ややパラノイアの独り言のようなコントは最終的に、くだらなさへと着地した。
 でたらめのために、コントの登場人物たちは混乱させられ、狂わされ、スラップスティックの中に放り込まれた。それはまさに、太田光が「今までに出会った中で、最高の物語」と評したカート・ヴォネガットの小説『タイタンの妖女』だ。
さて、正直に言わせてもらうと、もちろんライブはとても面白かったが見終わった瞬間、頭を抱えてしまったというのも事実だ。それは、一度見ただけでは、全体を少ししか把握できず、どう捉えればいいのか分からなかったからだった。笑った量でいえば、タイタンライブでの漫才のほうが多いし、その複雑な物語の構成を理解しようとして、純粋にコントとして楽しもうということが完璧には出来ずにはいたからだった。そしてその感覚は、太田光を理解するために、初めて『タイタンの妖女』を手に取り読み終わった時の感覚に似ている。この本の面白さにピンと来なかった自分に対して絶望したときのような気持ちも胸に残っている。
 太田光と自分が、地球から銀河の果てのイスカンダルくらい、中国からガンダーラくらい距離があるということを突き付けられた瞬間であった。ただ、ライブを見終わって少しの時間がたった今は、早くもう一度、このライブの映像を見たいと思っている。時間をかけて『タイタンの妖女』を再読し、一回目よりは楽しめたことが嬉しかったように。
 本編以外でとても印象的だったことと言えば、二人だけでのエンディングトークだ。もちろん、爆笑問題の漫才は数え切れないくらいに見てきたし、二人のトークも何千時間と聞いてきた。でも、本編を終えたばかりのあの少しリラックスした状態での、二人の立ち話は、見たことが無く、それは太田光田中裕二の素に近いものに感じられた。
二人が爆笑問題を30年続けられてきたこと、そしてこれからも続けられるということを本当に心の底から感謝しているように、「舞台のスタッフはデビュー当時の付き合いだ」ということや「さくらももこ先生にもライブを見てほしかった」ということを語る。
 いつもの太田光だったら、「どうして照明さんになりたいと思ったんだろう」とまで言うと思ったのに、そんなことなんて一言も言わなかった。
 実際、この公演に宛てられた花束は、会場のEX THEATERの歴史の中でも最多の数だったという。
 爆笑問題は、過去に感謝こそすれ、おもねることをせず、感傷に浸る暇を与えない。30周年を迎えてなお、最新の爆笑問題の形を提示するその毅然とした姿は、まさに、ファンの間でも合言葉になっている太田光の言葉「未来はいつも面白い」を体現している。
 爆笑問題にとって、1秒でも前のことは、「田中の睾丸摘出」も「裏口入学報道」も「山口もえの炎上」も「ミッチーサッチー戦争」も「ささやき女将」も全てが等価で、差別されることなくおもちゃのように扱われるだけだ。
 太田光がコントの中で着ていたTシャツに書かれた数字「2038」は、おそらく結成50周年にあたる2038年のことだろう。もうすでに、もっともっと面白い未来を予期させてくれている。そんな爆笑問題に、僕らは振り落とされないようにしっかりと楽しませてもらうだけである。

 また、20年後に会おう!!