石をつかんで潜め(Nip the Buds)

ex俺だって日藝中退したかった

テン年代のハライチ総括。あるいは、来るべき単独に向けての試論。

 ハライチの岩井勇気が『僕の人生には事件が起きない』というエッセイ本を刊行した。
 その宣伝でいくつかのインタビュー記事を読んだが、一番重要な事を言っていたのは吉岡里帆がパーソナリティを務めるJ-WAVEのラジオ番組『UR LIFESTYLE COLLEGE』だった。
 ひとつは、テレビで活躍している澤部を見て、自分にはあの立ち位置にいけないと思った時に、「じゃあ、どうすんのってなって。とにかく何かに詳しくなろうって。自分が好きなもののほうが、なお良いなって思ってアニメとかを全部網羅するようにしたんですよね。」という発言だった。岩井は、そういう行為を、「仕事のために何かを勉強するのは見苦しい」と一蹴してしまいそうで、らしくない発言のようにも聞こえたが、岩井の仕事に向かうスタンスに関する重要な証言にも思えた。実際に、『ハライチ岩井勇気のアニニャン』を始めとして、アニメを始めとしたサブカルチャー関連の仕事を増やしている。
 そしてもうひとつは、2020年に挑戦したいことを聞かれた岩井「単独ライブをやろうかな」という答えだった。芸歴13年を迎えても、単独ライブを一回もやったことない理由は、「単独ライブって結構ね、単独ライブ始まる2ヶ月くらい前からバタバタ作りだしてネタをね、で、やる感じが多いんで、大体芸人って前々から準備してってのがあんまやらないタイプが多いんで、だからね、半分くらいね、しょーじき、間に合わせだな、みたいなネタが多かったりするんで、あんまり意味ないなぁ、みたいに思ってやらなかった」からで、「単独ライブ反対派だった」と話す。
 しかし、「来年ちょっとやってみようっていうことになって、やってから文句言ってみようってなりました」と、さらりと宣言してみせた。
単独ライブをやらない理由は岩井らしく笑ってしまうものだったが、その枷を外して開かれた単独ライブは最高なものになることは間違いないだろう。
 ふと振り返れば、ハライチが『M-1グランプリ』でノリボケ漫才を披露したのは2009年の年末なので、2010年からメディアに出始めてから2019年に至るこのテン年代という十年間は、コンビ間では澤部の方がメディアの露出は多いにしても、この十年間を総合して審査した時にハライチというコンビは同年代の芸人のなかでも上位に食い込んでくるのは間違いない。だからなのかは不明だが、若手芸人にとってはあまりに当たり前な単独ライブと、二人がメインのバラエティ番組というものが、ハライチにとってのこの十年間への忘れ物となった。
 加えて、漫才師としての評価もまた、正当にくだされているのか曖昧な部分がある。『M-1グランプリ』という賞レースのファイナリストに何度も進出しているだけでなく、ネタ番組でもコンスタントに登場、また、さらば青春の光相席スタートとのライブ『デルタホース』を開いては新ネタをおろし、『タイタンライブ』にも定期的に出演している。もちろん、ネタも面白いと思われているからこそ、コンスタントに場が用意されているのだが、漫才師としてのハライチを評価する声よりも、タレントやラジオパーソナリティーへの評価の声を聞くことの方が多く感じてしまうのは、気のせいだろうか。バラエティ番組での澤部のそのキャッチーさと、岩井『ゴッドタン』などでの「腐り芸人」として「お笑い風」といった真似したくなる言葉を駆使した他の芸人への批評など、二人がそれぞれ逆のベクトルで剛腕を振るっているという、テレビタレントして、マスとニッチの両輪がガッチリと噛み合っているという最高な状態にあるからこそ、ネタの凄さに気がつかれていないと言った方がいいだろうか。
 ハライチのネタは、主要なものはおおむね見ているはずだが、特に、ここ数年の顕著な特徴として、ノリボケ漫才から始まったハライチの漫才は、ハライチの漫才だけじゃなく漫才という芸そのものをアップデートしてきているように、スタート地点からかなり遠くに到達している。しかも、あまりに自然に、軽やかに、成し遂げ続けている。
 漫才におけるフォーマットというのは、それをひとつ生み出し、モノにするには、平均的に10年はかかるとみていいだろう。それが出来れば、食えている漫才師となる可能性は一気に高まる。ハライチが凄いのは、そんなフォーマットを、ネタをおろすごとに産み出しているところであり、恐ろしいのは、そんなフォーマットを使い捨てにしているということである。この行為はコスパという面だけで考えると、あまりにも悪い。これと同じことをやっているのが、ナイツやバカリズムらであるということを考えると、やはり、岩井も天才と評さずにはいられない。
 例えば、玄米を覚醒剤のように勘違いさせるようなことを言い続ける「ダイエット」、澤部にコミュニケーション能力があるのか調べるためのテストを岩井が出すという名目であるあるを言っていくが徐々にないないになっていく「コミュニケーション能力チェック」、ジャパニーズホラー的でグロテスクな世界観に誘われる「旅館」などがあった。
 特に凄かったのは、宇宙からやってきた生物に澤部が寄生されそうになる「寄生」と、「アイドルのシステムを政治に」だ。
 「寄生」は、中盤から岩井が全く喋らなくなり澤部が一人であたふたし続けるというこのネタは、ノリボケ漫才をベースにしつつも、そもそも漫才としても新しいことをしているというもので、特に凄いのは、観客の目線は、ずっと喋り動き続ける澤部ではく、全く喋らない岩井にも向けられてしまうところにある。
 「アイドルのシステムを政治に」は、アイドルが総選挙をしているから、政治家もそれを見習って握手会などを導入した選挙をしたほうがいい、と岩井が終始、逆のことを言い続けるソリッドなネタなのだが、単純に面白いだけでなく、政治とそれにまつわるものに対して批評的となっていて、それはまさに風刺だった。


 全てのネタをメモすればよかったと思わずにはいられない。
 単独がほんとうに楽しみである。