石をつかんで潜め(Nip the Buds)

ex俺だって日藝中退したかった

古美門研介の捲土重来を期せよ。

「リーガルハイ」の三話が面白かった。
ドランクドラゴン塚地武雅が演じる熊井健悟は、自身の容姿の悪さから、学生時代は同級生全員の顔の評価をノートにまとめるほどにこだわりをもつような男だ。そんな彼も、営業先の受付をしていた、美波が演じる熊井ほのかに出会い、10点満点の容姿に一目惚れをする。その後、猛烈にアプローチの末に二人は結婚する。幸せな日々を過ごしていた二人だったが、実は、熊井健悟が妻が整形だったことを知ってしまう。
そこで、離婚を考えた熊井健悟は古美門法律事務所に代理人を依頼する。これが導入部分になるが、相当濃い一話となった。
本来であれば、整形は離婚事由とはならないとのことで、和解したほうがいいとほのかの代理人側からも申し出もあったが、古美門が焚き付け、離婚調停は始まる。ちなみに何かの本で読んだことあるのだが、歌舞伎役者など、「美形が生まれること」がそのまま稼業につながるのであれば、離婚事由になりえるという。他にも、歌舞伎界は小学生高学年になると、昔は後援会のような人達が風俗に連れていって童貞を捨てさせたという話も聞いたことがある。童貞の敵は梨園にいるのである。
熊井健悟の主張は、「ろくに遊びもせず、必死に勉強し、一流といわれる大学に入り、一流といわれる会社に就職しました。全ては美人と結婚する」ためというもの、だからこそ離婚は当然の権利だと法廷で話す。
ここから古美門節が炸裂する。
「DNAは整形できないんです。」「美男美女の両親からでさえ美形が生まれる確率が高くはないんです。ましてやブサイク同士であれば美形が生まれる確率はほぼ皆無でしょう!実際にシミュレーションをしてみました。(赤ちゃんの顔がいくつもならんだパネルを出し)生まれてくる子の顔予想図です。パターンA!目鼻口ともに父親、パターンB!目鼻が父親、口が母親の場合、パターンC!父親母親父親。母父父、母母母。すべてのケースを試しましたが、ご覧のとおり、ものの見事にブサイクでした。この二人から生まれてくる子はブサイク決定です!」
極めつけは、熊井ほのかの代理人が「『みにくいアヒルの子』という話もあるでしょう。生まれてきた時に醜くても成長するに従って美しくなるという奇跡もあるでしょう」と反論しようとすも、古美門は「『みにくいアヒルの子』はもともと親が白鳥だったんだ。所詮親の遺伝には逆らえないという元も子もない話なんです。」とまくし立てる。
と、ここで終われば、ただ露悪的なだけの陳腐なドラマに堕してしまうのだが、もちろん「リーガルハイ」は一筋縄ではいかない。
ほのか側は自分が妊娠しているように見せかけるが、古美門はそれを見破り、結局離婚を決意する。
その時、ほのかはこう話す。「あたしだって整形なんかしたくなかったわよ。親や親戚とは何となく疎遠になったし。中学や高校の同窓会にだって出られない。ブスはブスなりに生まれ持った自分の顔が好きなの。でも、好きになれないように周りがするんだもの、しょうがないじゃない!」と。
しばらくして、独身を満喫している様子の熊井健悟は、元妻のほのかが書いていた料理ノートを見つける。それはほのかが結婚生活を幸せに感じていたことが伝わってくるものだった。ほのかのマンションに向かい、健悟は「慰謝料の800万円を辞退しようかと考えている」と伝え、やり直さないかと口に出そうとする。すると、玄関から男が出てくる。
どなた?と尋ねる男に、前の夫と答える。そこで「植毛の」と夫に言わせる、このセンス。
とどめに脚本家古沢良太は、ほのかにこう言わせる。
「あなたのお陰で目が覚めた。私、ブサイクな人のほうが心が綺麗なんだと思い込んでいたんだと思う。私も外見で判断していたのよ。顔も心もブサイクな人だっているし、顔も心も綺麗な人だっているのに。教えてくれたのはあなたよ。ありがと。これから二人でベッドを見に行くのよ、じゃあね。」
一つのことにこだわるあまりに、健気な伴侶も、慰謝料の八百万円すらも失ってしまった熊井健悟はまさにグリム童話のキャラクターの様だ。「みにくいアヒルの子」へのカウンターを入れる一方で、自らが童話としても機能する展開はまさに見事としか言えない。
美人の美波に上のセリフを言わせることは、痛烈な皮肉以外の何者でもないだ。
シニカルな言葉は、真逆のことを言っているようでいて、人が口にしないが確実にそこに横たわる事実を浮かび上がらせる。
そしてそういうことを言うのは、空気を読まない頭の切れる人だ。

「リーガルハイ」のもつシニカルの機能は劇中だけにとどまらない。合間に流れる堺雅人を起用し「半沢直樹」を想起させるだけの、「あまちゃん」の出演陣を小出しにするだけのCMを作る広告代理店の頭の悪さ、センスの無さまでもが、およそ無自覚に浮き彫りにさせられ、その様子ににやりとしてしまう。もしくは俺の心がブサイクかどっちか。
リーガル・ハイ」は、2012年4月17日に初回が放送された、堺雅人が無敗を誇る最強にして性格は最悪の弁護士、古美門研介を演じた法廷劇を舞台にしたコメディだ。
Season1の好評を受け、スペシャルドラマを経て、Season2の放送が始まった。
今シリーズの主軸となるストーリーは、「死刑が決まった安堂貴和の無罪を勝ち得るか」だ。詳しくは「2年前、運輸会社の社長光一郎とその娘が発見される。光一郎は死亡。当時小学五年生の娘、サツキは一命を取り留めたものの重体。現在も事件のショックから心を閉ざしている。その後、警察の捜査で夕食のスープに青酸化合物が混入していたことが判明。四ヶ月後、浩一郎の交際相手、元事務員の安堂貴和が逮捕される。浩一郎の保険金五千万円の受取人であった。貴和には二度の結婚歴があるが最初の夫は不審死、二度目の夫は自殺を遂げており、共に高額の保険金を受け取っている。浩一郎の妻が病死した直後に交際を始め、これまでに現金、車、マンションその他総額一億円以上を貢がせていたことが判明」というものである。今回も、これまでと同様に「どこか聞いたことある話」がベースとなっている。
物的証拠、状況証拠ともにクロ、世紀の悪女とまで称された安藤を古美門が請け負うのだが、視聴者の「どうせ、古美門が勝つのだろう」という期待は裏切られ、安藤貴和には死刑判決が出る。無敗を誇ってきた古美門研介が負けることから、Season2は始まる。
Season1で敵対していたのは、生瀬勝久が演じる三木法律事務所所長の三木長一郎。彼は古美門研介が負けることを望んでいたが、今シリーズでは「旅に出ることにしたよ。世間の情報をシャットアウトだ。だからお前に黒星がついた事など俺は知らん。俺にとってそんな事実はない。さっさと上告しろ。負けを帳消しにしろ。俺はそのころ戻る。そしてお前を地獄へ叩き落とす。いいなっ。」と戦線から離脱する。
今回、敵対するのは、岡田将生が演じる羽生晴樹だ。元々は検事だった羽生は、研修制度で一時的に古美門事務所で働いていたものの、古美門が負けた裁判の後に、自身も弁護士に転身、新しい法律事務所SNEXUS Law Firmを立ち上げる。
この羽生は、天性の人たらしで、無益な争いは避け、裁判でも両者がWin-Winになることを目指す。理想を語る姿は、比較文学者の小谷野敦が言うところの衒善的だ。
今シリーズでは、この羽生が古美門に立ち向かうが、その度に負ける。彼が、自分が信じる自分のやり方が古美門に通用しないという中で揺れ動く姿は、どことなく、あるキャラクターを思い起こさせる。それは、これを引用したらどんな駄文も様になるでお馴染みの傑作映画「ダークナイト」に出てくる、ゴッサムシティの住人トゥーフェイスだ。トゥーフェイスは、体の半分が焼けてただれたビジュアルをしている。コイントスで行動を決め、表が出れば善行をし、裏が出れば悪事を働く。
もともと、このトゥーフェイスは、優秀な検事だったが、「ダークナイト」でヴィランとなる。共通点は元検事というくらいで、羽生が悪事を働くというわけではないのだが。
皮肉的でもあるのだが、安藤貴和の裁判と合わせて、羽生の言動が、ダークヒーローである古美門と対峙し、どう変わっていくかというのか、古沢がどこへ着地させるのかが見所となる。
安堂ロイドは間に合いませんが、リーガルハイはまだまだ間に合います。