石をつかんで潜め(Nip the Buds)

ex俺だって日藝中退したかった

重要な夢の競演のお知らせ。

どうも、こんばんは。
それはともかく、アイドルファンは重要なお知らせという言葉を、お笑いファンは夢の共演という言葉に苦い思い出を持つといいますが、当ブログより重要な夢の競演のお知らせがあります。
「俺だって日藝中退したかった」というブログをしばらく書いていたのですが、特に、コラムの執筆依頼が来ることもなく、売れる気配がないので、本にして売ることにしました。いわゆる、同人誌ですね。

ラインナップは


(1)君は『Qさま!!』での吉木りさを目撃したか。
(2)「2013年のラジオたち、これからすごいことになるぜ」
(3)中国人の罠にひっかかった話と、お金の話。
(4)『泣くな、はらちゃん』は一話が100点
(5)深夜に届いたラブレター
(6)ここは忙しいけど、迎えに行くぜ。
(7)妻の名は希望
(8)『超落語!立川談笑落語全集』は悪書である。
(9)頭をデザインする番組『考えるカラス
(10)伊集院光の「同窓会に行った話」
(11)コサキンが『ウチくる!?』DEワァオ!
(12)3本の漫才
(13)アルピーだって決勝行きたかった。
(14)『ダイノジ大谷のANNR』〜ぼくがブロガーになった理由〜
(15)お笑い界のPerfumeを見に行ったら、ももクロに会えた。
(16)種市死ね
(17)いつも心に加藤浩次を。
(18)ボクらの想像力の時代
(19)テレビを体感する番組『リアル脱出ゲームTV』
(20)政見放送かと思ったら、長井秀和の漫談でした。
(21)僕達は「恋するフォーチュンクッキー」が名曲だということと、指原莉乃のアイドルとしての正しさを混同すべきではない。
(22)くりぃむしちゅー上田の天下取り宣言
(23)『安堂ロイド』は電波豚ブーブくんの夢を見るか
(24)古美門研介の捲土重来を期せよ。
(25)グランジ遠山の、見る前に跳べの精神
(26)深夜ラジオ流行語大賞13&ベストラジオ13
(27)死にたい死にたいって言いながら生きていくからな、ずっと。
(28)異形のコント師日本エレキテル連合
(29)それぞれの「実存のゼロ地点」
(30)小説を応用するために、筒井康隆『創作の極意と掟』を読もう。
(31)JAPANESE PARTYバスツアー日誌『愛の渦』
(32)三四郎の、オルタナ漫才絶対頑張ります!
(33)スポットライトの中に立っていてね。
(34)「愛は愛でいつかどこかにたどり着くさ」


以上の34本です。
全部で10万字くらいあります。元記事は、ブログの中にありますが、かなりの加筆修正を加えました。自分でいうのもなんですが、かなり読み応えはあると思います。ほとんどが、上記のタイトルで、このブログに散らばっているので、気になる方は、読んでみてください。もし面白いと感じてもらえれば、今回の本は満足してもらえると思います。2011年から2014年上半期までのテレビラジオの感想と、年齢分の業を詰め込みました。
よろしくお願いします。


☆『俺だって日藝中退したかった』通信販売の流れ

①BOOTHでの購入

(1)下記サイトをご確認ください。送料の分、直接購入より高くなっています。また、送り主にも住所が分からないようになっております。

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愛媛知るまでは死ねない芽むしりなのだ

 

 愛媛に行ってきました。一人旅なので、燥いだなー、とかではなく、ああ、来てよかった、というじんわりとした良さが胸に満ちていく、そんな旅だった。愛媛の温度が、ここ一、二年の、喜びや楽しいといったプラスの感情への脳と心の回路が接触不良を起こしているような、鬱でもウツでも、陰でも、陰コース低めでもなく、よっぽどのことじゃないと興奮しなくなっていて、エモーショナルな方向からそっぽを向いているような状態という方がしっくりくるそんな低いテンションにびったしハマったのでした。絶対に鬱ではない。カツ丼食べるし、職場のカウンセリングも5分で終わりましたし。コロナ禍が疲れたとかではなく、たとえば、自分の好きなものの原点が一点で弾けて混ざった「三遊亭円楽 伊集院光 二人会」の爆笑問題がゲスト出演した夜の部を見て、ゴンがネフェルピトーを倒した後に念が使えなくなったような状態になっていたことだったり、あと二十年もしたらただ「アメトーーク」で座って、なんだったら古今亭志ん生以来の寝てるだけで笑いが取れるであろうと思っていた上島竜兵があっさりと死んだことであったり、三遊亭円楽が思いがけず死んでしまったことであったり、爆笑問題の太田が炎上を重ねたことであったり、おおよその理由はたくさんあるので、どれが、とかではなく、シガテラのように、色々なものを飲み込めなくなり嘔吐していた。そんな期間は、「ああ、良かった」としか思わない。「ああ、良かった」というのは事後的な感想であり、苦労して調整を重ねた仕事が上手くいきましたとなったようなことがあっても、唐突に跛行しなければ歩けないくらいに背中が痛くなって、整形外科でレントゲンを撮っても原因が不明、MRIを使って調べた結果、前の週に飲んだ咳止め薬の副作用で便秘になっていて、宿便が背中を圧迫していたということが分かった時も、結果三万くらい払ったけど大病とかでは無かったという結末になった時も、マイナスがゼロになっただけであり、ミスが起こらなくて良かったねというだけの言葉なわけである。

 厳密病が加速したという気がするのも大きい。厳密病とは、Aという問いを投げかけるニュースが起こった時に、賛成派や反対派どっちにも、それは「厳密に言えば、違うんじゃないか」と思考が止まらなくなる逆アウフヘーベンのような状態に陥ってしまう症状に名前をつけたもので、そしてそれを突き詰めると基本的には、全てが虚無にたどり着いてしまう。そういうことが続くと、ローソンで売っている飴くらい、味がない日々になる。

 そんな中で、心が震えたのは、「水曜日のダウンタウン」でのパンサー尾形のドッキリ免許の説と、大江佑の説、あとは、ワクチン3回目を摂取した後にツイッターを開いたら、仲良くしている人と完全なタイミングで終えていた事がわかったこと、町田康の「私の文学史」を読んでいたら、「今は文体の時代ではないと思います」みたいな話から、それでも文体にこだわるという旨の話をしていたくらいだ。だから、愛媛に行くタイミングが遅くなったのも、仕事に忙殺されていたこともあるけれど、楽しめないんじゃないかという恐怖がないわけではなかったからというのが本音の部分でもある。この表現も、厳密病の症状の一つ。

 市電が走っている街は、落ち着いていて、佇まいがよいという市電理論いう持論を持っているのだけれど、その理論の検証も出来ました。愛媛県松山市の栄えているところは、城下町ということもあって、どこかトータル五年は住んでいた熊本の市街にも似ていて、懐かしさもあったのも、通電した豆電球がゆっくりと灯り始めるように、電子カイロが少しずつ温まっていくように、脳と心の間を通る道筋に何かが流れ込んでいくようであった。今後、あまりにも芸人仲間とのプライベートでの交流が無さすぎて、ネプチューンの名倉夫妻とくりぃむしちゅー上田夫妻と食事した話を「あれは楽しかったね」と数年言い続ける爆笑問題の太田のように、「あれは良かったね」と今回の愛媛旅行を振り返るであろう。

 旅のメインの目的は、大江健三郎の生家を見にいくことであった。

 この数年は、大江健三郎の時代といっていい。今なら幸いにも、と言えるが、日本ではまだ発出されていない、新型感染症拡大対策のためのロックダウンを始めとした色々な事柄が、「芽むしり仔撃ち」とリンクするという指摘は散見されるが、読者からすれば、結果として政治的なテロとなってしまった元首相への銃撃、旧統一教会だけとは言わせない日本における信仰のあり方、これまでに国防の問題であるにも関わらずそれを語るときは一地方の問題となっていた沖縄の問題、唐突に死んだ人を悼むという行為、それらについて考えるため小説を大江健三郎は書いてきた。ゾロが縄で縛られ棒に磔になっていたところから始まってそのクルーや出会う人々を解放してきた「ONE PIECE」において、ルフィがギア5に覚醒したことで、この壮大な物語は、紛う事なき自由論であり、その結末に向かっているという気付きよりも、ずっとずっと前から、抑圧からの脱出または解放、そしてその共存としての自由こそが、その大江文学のテーマであるのだが、全集を刊行して以降、大江の言葉は無い。

 子が保育園に通うようになって昼寝をするようになったのと、成長しているから体力も増えているからであろう、平均して夜の10時に眠るようになった。こうなると、なるべく定時で帰宅するようにしていたとしても、そこから夕方は自分と子の食事、そこから歯磨きなどのルーティーンをこなし、一緒にお風呂に入る。風呂場で遊ぶのが好きな子のために、なるべく烏の行水とならないように、付き合うと決めている。それ自身は、とても貴重な時間であるとは分かっているのだが、そこから子が眠るまで、自由な時間はない。少し早めに寝てくれたとしても、疲れているから、難しい本なんかは頭に入ってこない。沖縄についての本ということで、岸正彦の『マンゴーと手榴弾』の「鉤括弧を外すこと――ポスト構造主義社会学方法」」の章なんてめちゃくちゃ重要なことを書いているのに、3割くらい飛ばし読みして、やっと読み終えた。その繰り返しで自己嫌悪に陥りつつ、就寝するのだが、それは後数年のこと、だと辛抱している。だがやはり、テレビも見れない、本も読めない、ラジオはめっちゃ聴いているっていうのだと、好きなものを見失っていっている気がして、心に澱が溜まっていくのがわかる。このままではラジオを首からかけて地元FMの昼間のラジオを流しながら、街を徘徊する老人になってしまう。そうならないために、余暇が出来たらいつでも、好きを手元に手繰り寄せることが出来るようにしておくために、指一本でも引っ掛けてしがみつくように、ほとんど意地のように、エンタメを摂取する。

 COVID19に罹患することもそうだが、差別について考えていたら、差別される側に所属することは偶然であるのだから、つまりは、被差別する側もたまたま、比喩としての安住の地に配属されたに過ぎないのではないかと考えるようになって、ひいては、偶然ということを受け入れることは真の多様性や寛容につながるのではないかということで、そして年齢を重ねるにつれてこの偶然という概念を受け入れられなくなっているのではないか、それならまずは偶然とは何なのかを考えるためにと九鬼周造の「偶然性の問題」を読みながら、お笑いを合間に見る。いや最近は見ていない。「鎌倉殿の十三人」を一気に観て、嫌な気持ちになったりしている。

 好きの迷子であり、迷子センターへと迎えにいくために、古い本棚を処分し、新しい本棚を購入することに決めた。元の本棚の収納力は十分ではあるものの、それが故に、奥に置いている本は、持っているという事実が死んでしまっていた。自室にある本は、読み終わった後、表紙が目に入るような状態にあるというだけでその存在を認識できる。この存在を認識しているという行為は、捨ておけない重要さを持っている。そしてこの、本棚の新調こそが、そういう意味における、部屋のリビルドであるが、それは部屋だけではなく、好きの再構築だ。

 爆笑問題霜降り明星がMCを勤めていた「シンパイ賞」の初期に、60歳を超えてからマジシャンとなり、90歳を超えてなお現役、つまりは爆笑問題の芸歴近くマジシャンをやっているという方が出演していて、それを見た時に、やたらと感動したのを覚えているのと同時に、一個の指針ともなっている。このことと同じように、大江健三郎の小説は、生涯をかけて読むであろうと確信していて、そのために、認知症にならないように脳に溜まったタンパク質の汚れを脳汁で流し出せるように12時前には寝てApple Watchで測定した深い睡眠が3時間近くなるようにしたり、デンタルフロス歯垢をこそぎ取ったりしている。これまでは大江健三郎の小説を時系列を無視して散逸的に読んでいたが、これからは、体系的であったり、作品にまつわる論文にまで広げて読んでいくためには、まずは、モチーフを超えてその根幹となる、愛媛県内子町の森という風景を体験するという、全ては大江文学に取り掛かるためのリスタートであるというのが、今回の旅の目的である。

 思えば、観光が目的の旅というのは、東京にお笑いライブなどを見にいくようになってから、新婚旅行以外では、初めてかもしれない。事前に調べたところ、松山市から内子町大瀬までは、かなりの距離があり、これ一旦、タイムスケジュールを整理しないと成功しねえな、となったので書いていたら、なんとなく、旅のしおりを作ってみようかなと思いついた。仕事で資料を作るようになったこともあって、その中で得たくだらない小手先のテクニックを駆使して、作成した。その中で、伊集院光みたいにバイクをレンタルすることも思いついたのだけれど、後述するが、これも、偶然性を生み出し、大成功だった。

 さて、Apple Watchへの航空券のチケット登録と前提の共有を終えたところで、保安検査場へと向かおう。

 初日は便の都合上、3時過ぎという微妙な時間だったので、松山城といくつかの目星のお店をぶらぶらするだけだった。ホテルにチェックインし、荷物をおろし、松山城へと向かう。松山城は小高い山にあり、正門の裏の傾斜が急な山道を登って、城にたどり着く。時間的に、本丸には入れなかったものの、松山市街を見下ろせるその景色は圧巻であると同時に、町のどこにいても見上げると城が鎮座しているという事実は、まるで巨大なパノプティコンのような構図は、人格形成に何かしらの影響すら与えそうだとも思わずにはいられないほどだった。

 敷地内に、司馬遼太郎が「坂の上の雲」で松山城について書いている文章を紹介した看板があった。

「城は、松山城という。城下の人口は士族をふくめて三万。その市街の中央に釜を伏せたような丘があり、丘は赤松でおおわれ、その赤松の樹間がくれに高さ十丈の石垣が天にのび、さらに瀬戸内の天を背景に三層の天守閣がすわっている。古来、この城は、四国最大の城とされたが、あたりの風景が優美なために、石垣も櫓も、そのように厳くはみえない。」

 松山城がタイタンライブに出るならエピグラフはこれになるなあと思いながら散策を終え、お目当てのブルワリーへと向かう。アパレルとクラフトビールを売っているという珍しい形態のそのお店は、Instagramで見つけて、絶対行こうと決めていた場所であった。

 シャンクスが白ひげに酒を差し入れた際の「世界中の酒を回ったが・・・肌にしみた水から作った酒を超えるものはない。」というセリフに影響を受けているし、映画の「RED」は映画としてというよりもONE PIECEとして駄作であり、あれを正史とは到底認められるものではないが、肌にしみた水から作ったものをこそ飲めば、その土地が分かるはずだ、という理論を後付けの言い訳とし、ビールビールと足早に向かっているところに、陰コース低めの球が放たれた。

 めちゃくちゃマスクとか感染拡大防止対策をシカトするタイプの店だったらどうしよう。

 実は、ずっと気になっていたことで、色々とお店を調べている間、そのことがずっと頭よぎっていた。個人的に飲食店の従業員におけるマスク及び感染拡大防止対策についての、見解は次のとおりだ。まず、感染症対策のプロではない以上、マスクが有効であるとされているという原則に即して動くしかなく、飲食店という特に、マスクを外す機会が多い場所に常にいるということは、一般的な事務職などよりも感染率は上がってしまう以上、少しでも意味があることはすべきである、また、仮にその対策を怠り、COVID19に罹患してしまった場合、店を閉めなければならず、そうすればその分の売上は落ちるし、また、客からしてもあの店に行って罹患してしまったと紐付けられたら、一定の割合で常連客やリピーターを失ってしまうので、経営上の観点からも損失でしかないからそこが判断出来ていないのは問題あると思ってしまうので、やっぱり、しないに越したことはないわけだし、加えて、衛生的にその程度の認識しか持ち得ていないこと、客に感染症を移しても良いと考えていると捉えられてもしょうがない行為である以上、客を軽んじているとみなしてしまう、よって、やっぱり、マスク及びその他の感染拡大防止対策をしていない飲食店に積極的に行きたいとは思わない、ただし、料理人などに限って言えば、慢性鼻炎には計り知ることの出来ない領域で、嗅覚という身体性も重要な仕事道具の一つであるということも理解できるので、そこに関しては、ぎゅっと目をつぶると決めている。 

 この程度には考えているにも関わらず、マスクをしていることを、空気を読んでいるだ、思考停止だと言われる。挙句の果てには、タレントのフワって、よくよく聞いてたらバラエティでのVTR明けのコメントをかなりの確率で外しているし、結局は、有吉をラジオに呼べるみたいな政治力が凄いだけなんじゃねえの、ラジオ始める時に伊集院みたいになったらどうしようとか言ってたくせに早々にファーストサマーウィカ蹴落として降格してまで、しがみ付いてんじゃんって思ってはいるものの、そういうことを口に出してもいいことは無いからとおくびにも出さずに、それを口にしたところでまだその評価にいんのかよって言われるのが関の山なんだけど、それを踏まえて政治力とか気に入らねえなつってんのてのを呑み込んで、ヘラヘラしてフワ評価の流れという周りの空気に乗る(Ride on)から転じて生まれた言葉であるところの、自分にしっかりとした考えがなく、むやみに他人の意見に同調するという意味の四字熟語の付和雷同だとまで言われる。とても心外である。そんなことを言われたら、こっちとしては、反マスク派は、自分の口臭がマスク内でこもることに耐えられないとかそういう偏見で対抗するしかないのだけれど、そういうふうに、他者が何も考えていないとみなすことはあまりにも簡単なのでもう止めることにした。結果を言うと、最終日に立ち寄ったコーヒースタンドの店員がノーマスクだった。判断に迷う。こっちが訪れている身だしなあとも思うし、先述したことと思いっきり矛盾している。ただ、どこから来たのか伝えると、愛媛料理を食べれるお店ありますよ、とかコーヒー屋を教えてくれた。パウンドケーキも美味かった。

 マスクにおける口腔と鼻腔へのウィルスの侵入のための防具としての有用性は、この3年間で身をもって立証されているわけだし、そうなると剥き出しになっている粘膜は眼球だけになるので、それはこっちがメガネをかければ良いわけだしなと、普段とは違う考えに至る。それは誤用の方の意味の穿った見方をすれば、都合よく旅を楽しんでいる自分を守るための逃げとなるのだが、地元でもそう思うようになれば良いかなとも思う。とはいえ、これを寛容であり、多様性を尊重しているとか安易に捉えられたくないという思いもある。他者に寛容であることは容易ではないが、自らの手で、万難を排することによって、他者に寛容であると思わせることは出来るなということに気付かされた。

 ここで明転、舞台はブルワリーに戻る。ヨーロッパを思わせるようなめちゃくちゃおしゃれな外観の店内に恐る恐る入ると、マスクをしている店員さん。良かったーと安堵し、席に案内してもらう。席の目の前にはガラス越しではあるものの、醸造所ではお馴染みの銀色のでかいタンクが並んでいるの雰囲気がある。

 愛媛産の柑橘類を使用したビールは残念ながら売り切れで、最初に選んだのは、瀬戸内海のシークヮーサーを使用したものもあって、まあそれは別にいいかとなり選ばなかったのだけれど、今思えば、どうシークヮーサーが自分に逆輸入されるのかは気になったので、勿体無いことをした。すぐに、黄金色のビールがこれまたおしゃれなグラスに入れられて運ばれてきた。手元のメニューに書かれている味を説明するテキストを読みながらグラスを口に運ぶ。「お菓子のように少し甘く口当たりはシルキー。瀬戸内レモンのフレッシュで爽やかなアロマ、三種類のホップ(Sabro、Citra、Idaho7)によるジューシ」。うま。え、美味っ。ノイズなく脳直で美味しいと感じたのは衝撃だった。うめぇうめぇと、ちびちびと飲みながら、何も分かりゃしないのに、ぼーっと銀色のタンクを眺めたり、店員さんと少しだけ話したりしながら、もう一杯頼み、お店を出た。その後は、教えてもらった、居酒屋に行って、ブリの刺身の甘さに度肝を抜かれたりして、また柄にもなく、そのお店でも色々と話したりした。ホテルへの帰り道、思わず、知らない町のその生業に触れて泣きそうになり、慌てて、あいみょんの「愛を知るまでは」を聞いたりして少し泣いた。

 二日目、起床し、出発前に目星をつけていたお店に向かい、コーヒーと、無花果のタルトを食べる。無花果を食べたことは多分初めてなのだけれど、その優しくほんのりとした甘みと、苦すぎないコーヒーが、二日酔いの体に染みる。何よりも良かったのは、ハナレグミをBGMに流れていたところだった。流れてきたのは「うららかSUN」。HIGHWAYをスッとばせと歌う旅の前に聞くには、あまりにおあつらえ向きすぎて、これがスピかと一人でニヤつく。

 昼過ぎにレンタルバイクを借り、40キロ以上先の内子町大瀬へと向かう。松山市から少し走らせると、砥部焼で有名な砥部町に入る。砥部焼の販売所を寄りながら、さらに進み、そうして町を抜けて、田畑がある風景となる辺りで、ちょうど目的地までは半分くらい。さらにその先の山道をバイクで延々と走らせていたのが大変だった。

 山に囲まれた道を進んでいくうちに、外気も冷たくなっていき、それに伴って徐々に体感気温も下がっていく。トンネルに入ると、さらに、ずんと寒くなる。道は合っているのかとも心配にもなる。目に見える景色は単調ではあるものの山道はカーブも多いので、ぼーっとすることはないので油断せずにすむ。先へ先へと進む中で、対向車線を走る車とすれ違うことはあったけれど、後方から走ってくる車はほとんどない。そういう状況なので、頭の中は自ずと、ここ最近の気になっていることを洗い出し始める。そういえば、毎年書いていた「キングオブコント」の感想、今年は書いていないな。もう別にいいか。言いたいことはめちゃくちゃあるんだけどな。でも見返すこともしてないし。今年のキングオブコントは、一言で言えば、やっと、やっと、コントがフィクションとして認知されたって感じだな。ニッポンの社長は暗転云々よりも普通に今エヴァンゲリオンのパロっていうのが気になった。かが屋は音楽を流すとかそういう決勝に上がりやすい技法を排除して自分達のコントを卸し続けて偉い。コットン、素晴らしい!浮気の証拠隠しなんて、自分で出来るだろというツッコミを、プロの仕事を見せることでこれはお金出せるわと暗に理解させていくという構成も美しい。コットンの西村は、コントの中で、つまらない奴がつまらないことを言う演技が上手すぎる。最高の人間、岡野のネタから始まって、吉住のネタになり、二つが融合する。完成度は一番高いけど点数伸びなかったけど最高だったなあ。「あんま伝わらないと思うけど、最高の人間に限らず、コント中に『マジで何かを食っている』っていうのが好きすぎる。」っていうツイートが一番反応があったのなんだったんだ。猫って砂漠の出なのに何で魚が好きなんだ。太田光の炎上や名前を出したくもないあいつの発言にしてもその発言ではなく、その人論になってしまう傾向に言説が傾くのは良くないんじゃないか例えば太田光というのは対話に重きを置いている人なのでという展開は、理解しているアピールで終わってしまう恐れがあるのではないか。子、可愛い。さっき鍋焼きうどん食べながら見たヒルナンデス、虚無だったなあ。柿ってパーシモンっていうんだ。自分のことを頭がいいと思っていて、人にも考えていかないとダメですよ的なことを詭弁メインで話しているやつが、「正しい文法」だったり「辞書に書いている」であったり、言っていることが幻想に依拠し自分で考えることを放棄した人間が陥る権威主義になっているの興味深いよな、いや必然か。金の国のエレベーターのネタ、良いネタだったなー。パーシモンホールって無かったっけ。ダウ90000を演劇のカテゴリーにどうしても入れたい人ってなんなんだろう、蓮見の反対ってことは、地方の公立大学出身のサークル入る勇気もなく、大学時代に友達が一人も出来なかった人なのかな。

 そうこう走行しているうちに、内子町という標識を見つける。そこからすぐに人里という感じになり、町で一番分かりやすく、かつその近くに目的地があるということで暫定の停留地点として定めていた内子町大瀬自治センターに到着。センターも人がいるのかいないのか分からないような状態。もちろん、看板とかがあるわけではないことは何となく思っていたので、散策しながら、出会った人に聞いてみるかと、ぶらつき始める。

 周りは森で、町は静かである。近くの小学校では、子供達と先生が、校庭の掃除をしている。校舎は数年前に建て替えてしまったらしい。今から八十年前となると、日が沈めば集落は完全な暗闇に包まれたはずだ。その恐怖への意味づけとしての神話などがいくつも産み出されてきたのだろう。

 大江健三郎が、偉大な小説家であるという評価は揺るぎない事実であり、少なくとも日本においては数百年は出てこないであろう存在であることは想像に難くなく、その発言の極々一部の切れっ端を摘み上げ、いかにも鬼の首をとったように振る舞うのは、自らの分かる範囲でしか動かない愚の骨頂としか言いようがない。当時の日本人が敗戦を受け、まるで念による攻撃を受けたことで地道な修練を積むことを飛ばして念能力が使えるようになるように、その精神的な衝撃は表現にあまりに多大な影響を受けたわけだが、大江健三郎も同様であったのだろう。ただ、大江健三郎は、そこからさらに、その人生において思考すべきことが都度起こり、まるで祈りのように続けてきた本を読むという行為の二つが、小説に化学変化をもたらし続けてきた。大江文学は決して古臭いものではなく、ずっとオルタナティブであった。技能などが大江健三郎に並ぶ小説家が出てこないとはもちろん限らないわけだが、くるりの比じゃないくらいの変遷を見せながら、その魂の在りようを書くということに肉薄し続ける小説家は、今後数百年は出てこないだろう。

 そのゼロ地点に立っている。

 否が応でも、魂が震えてくる。

 沸騰するとまではいかないが、確かに、火にかけた鍋の底からぷつぷつと水泡が出来、浮かんでくるような感覚。巡礼という行為が持つその意味の一端を感じることが出来た。まだ感動できるのか。

 ここに来ないと一生知ることがなかっただろうな、ということの一つに、内子町までの道中では柿を育てている人がとても多く、無人販売所もいくつも見かけた。生い茂る緑の中に、灯火のようにポツポツと見えるオレンジ色はとても印象的であった。思わず、100円一袋で丸々とした柿が五個も入っているのを購入した。実質0円だ。無人販売所で買ったものを実質0円って言っちゃうと、誤解が生じるんだけど。今は自宅の冷蔵庫の隣で、熟するのを待っている。死んで久しく、その思い出がほとんど無くなった祖父と同じく、ぐっちゅぐちゅの柿にべっちょべちょにむしゃぶりつくのが好きなのだ。その妻である祖母は、認知症対応型共同生活介護事業所に入ったと聞いている。伝聞なのは、こういう重要な話を、母はしてこないからだし、詳細を聞かないのは、極力会話を減らすためである。ラジオに救われたとかいうことは言いたくはないが、伊集院光が実家と疎遠であるという事実は、確かな寄る辺となっている。

 生活とは、調整と事務である。

 人間臭さとは、自分と他者が擦り合ったことで生じる澱の匂いである。

 生きていくということは、汚穢を撒き散らすことである。 

 ここ最近は、ずっとそういうことを考えている。

 寒さと同じ体勢を続けたことでバッキバキになった体を、ギアセカンドみたいな体勢で肩のあたりを伸ばしながら、ちゃんと小説とか書くかー、と思ったりした。

 新型コロナ、第二部完。

「考えさせられる」への揶揄への省察

千葉雅也の『現代思想入門』を読んでいたら、前半部分は、手前味噌だが、なんかこのブログで言っているようなことを言っている気がするとなって、楽しく読んでいたのが、「撹乱」という言葉が出てきて、ドキッとしてしまった。

というのも、コロナ禍になって三年近く経とうとしているが、今の所、コロナに罹っていない。職場でも罹っている人は数えるほどしかおらず、周りにも助けられているなと思う。それなりに自粛はしていると思っていたが、そこまで、コロナ以前の生活と大きな変化はなく、もしかして自分の人生って撹乱がなかったのか、となんとなく絶望してしまった。コロナには絶対に罹りたくないが、撹乱がない人生は楽しいのかとも考えさせられてしまった。

竹村和子の『愛について アイデンティティと欲望の政治学』を先日再読したところ、1回目は10パーセントも理解出来ていなかったが、今度は体感で30パーセントは理解度が上昇したような気がした。

この本は、ジェンダーに関する本で、とにかく難しかったのが、なんか重要なことが書いているっぽいぞ、という一心で読み進めていた。他の、アップデーターの本と違うのは、この本には、理論ではなく理屈から書いていると感じたからだ。この理屈から書くというのが個人的には重要だと思っていて、理論だけを言われると、数学の授業で公式を押し付けられこれをとりあえず当てはめてテストを解けと言われているような乱暴さを感じてしまうので、遠回りになってしまうが、理屈から説明しなければ、他者の理解は得られないと思っているからで、その考えが間違っていないと思えたからである。

この本では、なぜ、女性の同性愛者がレズビアンという呼称なのか、そこには二重の差別があるというからということなどが書かれており、そのあたりは、ふむふむと読んでいた。

特にこの本の中で強く心に残ったのは、同性愛者も結婚出来るようになるのは、本当に当事者にとっていいことなのか、ということだ。

現在の、少なくとも日本においては、結婚という制度が、異性愛が当たり前であるという前提の上で成り立ち、その歴史を積み重ねている以上、無批判に、同性愛者を差別する推進力を持っていた制度に同性愛者を組み込むということは本当に、当事者のためなのか、と考えさせられてしまっていることに気がついた。

ジェンダーに関する本を読んで、同性婚の解禁反対の立場に揺らぎかねない思考が出るということにとても驚いた。

ちなみに、僕個人としては、この本を読んでからは、性的嗜好を人に言うべきではないな、と思うようになっているので、そこを抜きにして考えなければならない以上、「人生は一人で生きるのにはあまりに長く、つらいことが何度も起きるというものである以上、その有事の時に、一人で生活しているよりは二人以上で生活をしている方が無難と言うのは自明の理であるが、そのリスクを回避できるというカードや法律によるプロテクトを、異性愛者だけに与えられているのは、やはり不当な差別だろう」と言う理屈で、結婚制度をすぐに無くしたりすることが現実的ではない以上は、同性婚の解禁に賛成という立場である。

この夏、三年ぶりにバナナマンの単独ライブが開催された。タイトルの「H」は、以前から発表されていたもので、当然待ちに待っていたのだが、配信ライブは見ないことにした。

なぜなら、「配信ライブは体験ではないから」。他者に押し付けることはしないが、バナナマンの単独ライブというのは、「体験」に他ならない。大体6月の四週目の、沖縄で言うところの慰霊の日の直後のバナナムーンで、単独ライブの情報が発表され、ファンクラブに入ったり更新したりして、チケットの取得に向ける。外れたら悲しみ、当たったら震える。2回しか行けていないが、あの体験は忘れられない。ライブビューイングは、ぎりぎり体験。コントライブで、日本中の映画館を埋め尽くしたという情報には、心底かっけえと思えたし、喜んだ。そこには、時間と場と感情の共有があった。だから、体験にカウントする。配信にはそれがないなと感じたので、だったら、DVDを購入するまで待とうとなったのである。

この行動が正しかったのかについては、夏が終わる今も考えさせられている。

東浩紀が「ぼくはそもそも、統一教会がカルトであるかどうかを判断する立場にありません」と言ったことが槍玉に挙げられていたが、純粋に「確かにな」と思ってしまった。法律による判例を出して、東浩紀の正しくなさを指摘している人がいたが、どうやら法律による判例を出すということが、法律学者でも法曹界の人間でもない東浩紀が「統一教会がカルトであるかどうかを判断する立場にありません」の証拠になることに気がついていないようであったが。どちらの態度が、関東大震災の時の外国人の虐殺と同じことに繋がるのかは少し考えれば分かる。

爆笑問題カーボーイ太田光が、昔の統一教会に入り浸って出禁になったというトークをして、ゲラゲラ笑ったが、この東浩紀の言葉への「確かにな」という立ち止まりがなければ、ゲラゲラ笑うことは何らかの齟齬が生じるのではないかという引っ掛かりがある。

このことについては考えさせられることが多い。

 

さて、ここからが本題です。

これらはこの数ヶ月で、考えさせられてきたことでした。

考えさせられるという言葉に対して、「いや、考えさせられただけだろ!」と条件反射的にツッコミを入れた方もいるだろう。僕はそれは「論破相撲の土俵に上がらされている」と考えさせられている。

この揶揄が、まかり通ってきたからこそ、考えさせられることをやめ、答えっぽいことを暫定的に言うようになったのではないか。言うなれば、「答え出させられますね」じゃないのか。

だったら、考えさせられた方が、いいのじゃないかと考えさせられる日々です。

切実な選挙への省察

 選挙が終わりましたね。

 当日は仕事だったので、期日前投票に行ってきました。期日前投票の「前」は「ぜん」です。前戯と一緒だと覚えましょう。

 どこに投票したかと言いますと、地元では、オール沖縄サイドのイハ洋一、比例は日本共産党です。自民党の古謝げんたは、SNSを見ても、自主的な政策が見えなかったことなどからという理由は後付けで、もちろん自民党だからです。選挙の告示前に、YouTubeで、古謝げんたのCMが流れていた。それは、自民党とも選挙とも言わず、単に「古謝げんた」の広告でしかなく、要は選挙前に少しでも名前を売っておこうというものという効果を有するのだけれど、公職選挙法的には問題がないのかもしれないが、なんとなく、卑怯な手口だなと思う。

 比例については、最後の最後まで立憲民主党日本共産党で悩んで、日本共産党に入れました。立憲民主党は、政策は悪くないし何よりホームページが見やすいのが良いと思うけれども、なんというか悪い人間がちらほらいるのが気になったからで、毎度のことながら日本共産党に票を投じました。ただ、この選択はかなり、個人的には白票や棄権に近いものでもあるという自覚がある。

 なぜなら、現時点で僕の人生は、日本共産党が守るようなものではないからだ。収入はパートに出ている配偶者からお金をもらうこともしない程度には出来るものだし、iDeCoにも入っているし、配偶者には僕の姓になってもらったし、最近好きなAV女優(今はセクシー女優)は、白桃はなで、乳首攻めに特化したさもあり監督のAV(今はセクシービデオ)をチェックする程度には性の対象は女性だからだ。正直なことを言えば、一番、現状維持で満足できるものであるから、最近考えるのは、程度の差こそあれ普通に自民党支持者になっていただろう。しかし、そうでないから、まあ、僕の一票で、抑圧されている、生きづらいと考えている人間のためになるんだったら、そうしようという気持ちが全くないと思うと嘘になってしまうし、それがなければ、選挙に行かないでも良いという考えのまま生きていくことになる。それだけではないが、そういった傲慢さが全くないという訳ではない。

 もしかしたら、沖縄は自民党のポコチンを舐めるようにしていくことに舵をきったら、ガンガンお金ももらえて、実は楽になるかもしれない。だけれども、そこへの嫌悪感と、現状維持を求めるが故に、毎回オール沖縄サイドに票を投じる。しかし、オール沖縄についてよく分かっていないというのも事実だ。島ん人ぬ宝みたいに言ってしまったけれど、もちろん、オール沖縄に対しては、あまりにも情緒的な政治であるという、地元から泥目線で見ていると、そう感じる。後進を育てるという気持ちが全く感じられない。自民党の凄いところは、適宜、若い人間を連れてくるところであり、このままでいけば、古謝げんたはいつかどこかのタイミングで勝つだろう。

 日本共産党も山添拓などがいるが、そのような人を連れてくるという努力が、オール沖縄はその努力が足りていないように見える。このままジリ貧になっていく可能性があり、そこについての危機感があるのだろうか。

 秘密投票の原則に反したことをベラベラと喋っているのにはそれなりの理由がある。

 それは、選挙への考えをここらで一旦、見つめ直さないと、ジリ貧になる前に投票に行かなくなる可能性を潰すためである。つまりは逆張りしていくことで見えるものを探っていこうと思う、

 まず投票所に行った時に、周りを見るだろうか。結構、家族で来ている人たちは多い。いわゆる、「ウチ外(ウチじゃ何故か、投票行って外食すんだ)状態」だ。楽しそうにしていて、それこそ子供が「誰に入れたの」と聞いて、「言わないよ」なんて言っていたりする。僕は、このやりとりの積み重ねは、正しいが、親が子へ選挙について説明することの放棄ではないかとも思う。どこに入れたかまではともかく、争点であったり、公約を見て、どこに入れるか考えたかまでは言うことこそが、親から子へ民主主義を継承することにならないか。

 他に、選挙で見るものといえば、びっくりするくらい軽率な人たちが多いということである。ここでいう軽率というのは、例えば、入れる相手の名刺を他人の目に入るように持っていたり、大声で連れ合いと、誰に入れれば良いんだっけと言っている人を見たことはないだろうか。軽率だなーと思ってしまうのだけれど、もしかしたら選挙ってそんなものなのかもしれないと言う気落ちになってくる。

 僕は、SNSでの「選挙に行こう」と一斉に言うムーブメントには正直乗り切れていない。そもそも選挙に行くし、この言葉の裏に、自民党公明党日本維新の会には入れるなよと言うのが隠れているからだ。選挙に行こう!と言っている人に、はい、自民党に入れに行きます!というとめちゃくちゃ怒られそうだ。それはそれで健全な選挙ではないだろう。もしかしたら公職選挙法に引っ掛かるのであれば、それは公職選挙法がもはや老害さん化していることになる。

 だが、それは切実さの裏返しということでもある。

 がしかし、切実さはマイノリティのものであり、軽率さはマジョリティのものであるからこそ、数では絶対に勝てない。

 選挙を切実に考えすぎていたんじゃないか。

 生稲晃子今井絵理子の当選を持って、日本の選挙が大衆の軽率さに支えられていることが自明の理になった以上、これに対抗するスタンスを考えなければならないんじゃないか。それには先に言ったように、数で勝てない切実さではなく、何も考えていないと同義の軽率さではなく、伝わることを考えた軽やかさだと何となく思っているのだけれど、それについては答えは出ていないので、今日はこの辺で。

ニシダ更正プログラムの感想

 ラランドニシダ更正プログラムを見ました。ラランドのYouTubeチャンネルに突如としてドロップされた動画、ラランドの動向を全く追っていないにも関わらず、何か強烈な匂いを感じて、視聴しました。一時間程度のこの動画は「ニシダの怠慢に対して、我慢の限界を迎えたサーヤとマネージャーが、身内ではなく、他の仕事で関わった人たちがニシダに対してどう思っているかをニシダに見せたい」ということで、ラジオやテレビのスタッフや、構成作家にニシダに言っていないことを聞いていき、それをニシダに見せるというもので、見る人にとってはなかなかヘビーなものになっただろうことは想像に難くない。

 しかし個人的にはあんまり刺さらなかった。それは社会人として十年以上働いてきているので、そこらへんの悩みなどは既に超えてきているものだし、多かれ少なかれニシダ的な人を切ってきたし、自分の心の中にニシダがいたとしてもどんどん葬ってきたので、明らかに自分は証言者側の立場になっているということに一抹の寂しさを感じつつも、どうにも他人事にしか映らなかった。厳密に言えば、自分の実生活での仕事場での立ち位置や、すべきこと、気をつけることなどから見ると、提示されたものが距離感が半端であり、どうしても自分のこととは思えない。もう少し歳を重ねれば、そういう時期もあったけど、それはこういうことをすればさあ、という感じで向き合えるけれども、まだそこにはいないので、その方向から見ることは出来なかった。

 加えて誤用のほうの穿った見方をすれば、登場人物誰一人、損をしていない。サーヤとマネージャーは自分達の窮状を訴えることが出来、ニシダは改心する場を与えられ、南海キャンディーズの山里は優しい先輩であることを見せることが出来たうえに貸しを作っている。

 そんな中で、やっぱり特筆すべきは、見たことないノブロックの証言パートだけは、ガチだった。一部の視聴者やラジオリスナーは、ノブロックのことを、エンタメ紹介ガッハッハおじさんとして軽く舐めているということがあると思うが、ここに登場してコメントしていたのは、完全に、業界でやり手であり、敏腕辣腕のビジネスマンの元テレビ東京のプロデューサーの佐久間宣行氏であった。

 今まで見たことない、ノブロックにちょっと痺れてしまった。あまりにも見抜きすぎていて、それを引き摺り出しただけでもこの動画を見る価値があったと思っている。

 セックスすることをファックするというでお馴染みの売れっ子構成作家の白武ときおの「失敗してもいい場でしか会わない」「みんなで沈んで行こうよっていう面白がり方をする現場だったら良いですよ。そうじゃない現場がほとんどだと思うので、そういう場所には一切名前を出さない」と共通していた「youtubeとかには出てもらったりしている。勝負の番組というか、『あちこちオードリー』の最初の方の、まだ番組をしっかりさせる時とか、『トークサバイバー』とか自分的に勝負だなと思っているものには、基本サーヤだけ」を初めとして、「気持ちの持っていき方がすごい下手で、すぐいっぱいいっぱいになっちゃうんだよね。いっぱいいっぱいになると、安いボケとか、あとは自分が怪我しないようにするとか逆張りとか、冷静な判断がすごい出来なくなって、ちゃんとした趣旨を守れない」「アウェーの場所に圧倒的に弱い」「局面が不利になるとアップアップしちゃうというのがあって、メンタルが弱いんだよね」というリアルな指摘をバシバシ出してくる。ひいては、「五年後くらい、三十の半ばとかになった時に、もう一段ロケットがあったほうが芸人っていけるから。コンビって両方から作れると色んな企画が降ってくる」「ワントップでメインボケがしっかりしたままでいけないといけなくなると、いつか何かあるよ」とラランドの未来についても見据えた話をする。ただのエンタメ紹介ガッハッハ娘のお弁当作りおじさんではない姿がそこにはあった。

 「本当はサーヤはふざけた方がいいから。ニシダが回し出来るようになれば、サーヤがもっとふざけられて、ラランドとして受けられる仕事がどんどん増える」「本当はサーヤがちゃんとしない方がラランドは良いんだよね。サーヤを自由にボケて良い立場に、ニシダがしてあげられると、ラランドはもっと上にいける」という評価については、ラランドの、漫才と平場での役割が乖離しているという問題点の指摘にもなっている。

 ラランドの漫才は、サーヤの軽さが楽しく、お手軽な漫才ではあるものの、このボケの人、めっちゃふざけているけれど、普段はちゃんとした人なんでしょ、しっかりした人なんでしょということが付きまとい、サーヤとニシダそれぞれの、漫才と平場での役割やパブリックなイメージに乖離が生じている、いわゆる、藝柄(ニン)に合っていないという状態に陥っている。この捩れが故に、お手軽な漫才で止まってしまっていると個人的には思う。この乖離を埋めるためには、個々の人間性とコンビの関係性を見直し、ネタに落とし込むという、漫才のフォーマットをガラッと変えなければいけないのだけれど、この再構築の作業はあまりに労力を要するので、今のままではそれは難しいだろう。ただし、ニシダがちゃんとしてサーヤに仕事的な余裕ができることで取り組める可能性は出てくる。

 ニシダの一番の不幸は、早く世に出てしまったところにあるのかもしれない。

 そもそも、芸人なんて笑って楽して過ごしていきたいという怠惰な人間の集まりだと思っているので、そういう連中が10年程度かけて、一般的な人間であれば新卒から数年で取得するような社会的な信用を取得していくはずなのに、早く知られて仕事を振られるようになってしまったがために、そのプロセスを本来であればライブなどで経るはずが、大人数が関わるようなメディア仕事で経なければならないという、すっ飛ばしが生じている。仕事の場にいる人たちが、少なくとも敵ではないということは、ライブなどで知っていくしかない。

 「幽☆遊☆白書」でいうところの、ゲームマスター天沼みたいに「なんだ、みんな一緒なんだ」と気づくしかないし、「が故に、自分は自分のやり方で頑張り生きていくしかないので、自らの弱点を洗い出して潰していくしか、自らの立ち位置を構築していくしかない」と続けていくしかない。少なくとも、自分はそうマインドセットしてきた。マインドセットって初めて聞いたけど、マインドをセットしてきた訳だから、マインドセットしてきたんでしょう。マインドセッターですよ。昨年度末に、上長から事前の調べが甘いので、それをする癖が出来るようになったら伸びると言われたので、それを強く意識していますし、本当にそんなことの積み重ねでしかない。どうも、レモンジャムの面々はそのステップを飛ばそうとしていないかと思ってしまう。

 そもそもが芸人というのが、生来の怠け者であるという認識にあるので、ニシダを急いで更正させる必要なんてあるのだろうか。

 例えば、オードリーの若林は、20代のことを振り返るときに二度と戻りたくないとし、そのエピソードの一つとして、当時の恋人の誕生日にお金がなくて恥ずかしい思いをしたことを話すが、冷静に考えて正論を押し付けるのであれば、恋人の誕生日なんて、言ってみれば何ヶ月も日程が決まっているのであり、少し前からそこに目掛けて、バイトを増やせばいいだけの話である。それをしなかったのは単にめんどくさいの方が勝ったからだろう。これは良い悪いの話ではな く、芸人、というか、そういった性質の人は少なくないという話である。

 ニシダがちゃんとしていて、それって芸人のコンビとして面白いかって話で、これで二人ともちゃんとそれぞれの仕事をこなしてたら、あまりに洒落臭くなんねえか、与太郎が出る落語やんないですみたいな話じゃねえか、ということにもなるので、そういう意味でこのプログラムは失敗した方が絶対に面白い。レモンジャムにとっては切実な問題なのかもしれないが、そもそも、インタビューを見る限りでは、ニシダに、ちゃんとしてほしい以外の芸人像を描いている以上のことが伝わってこないがまあそれは別の話だろう。

 さて、個人的な話に移るが、先日、「子供やないねんから」案件があった。職場の後輩に子供が生まれ、職場以外でも遊び、コロナ禍においても飲みに行くくらいには関係性が良好な友人とも言える人なので、同じくらいの関係性の人たち3人に、些少ながらのお祝儀を集めることを提案した。人の五倍、パワーハラスメントにならないように気をつけることを心がけているので、「そのメンバーには、後輩というあなたより弱い立場はいるんじゃないですか、些少っていくらですか、一万円とかだったら、それはもうパワハラですよね、断れない立場にいるんですから。そもそも、子供が生まれたときに渡すお金をお祝儀ということから見直さないといけないのではないんじゃないでしょうか。反出生主義者の皆さんに配慮しないといけませんよね」とか正論言う僕への配慮が欠けたアップデーターの顔が脳内でチラついたので、金額を3000円を一口とし、僕に直接渡さなくてもいいように「ご自身で渡したい方はその旨、一報ください」と付け加えることで、僕に渡さなくても、「こいつあんなに関係性あるのにお金をケチってるな」と思われないで済む予防線まで貼って、さらに締切を設定し、メールを送った。それでも、お祝儀をあげるメンバーに後輩を入れたことのみを持ってパワハラとか言われたら、もう普通に俺はペットボトルを投げるよ。

 それから、次の日に、一人からはお祝儀を預かったものの、後輩二人からは特にメールへの返信もなかった。一週間後に、リマインドのメールを送信。すると、もう一人からは返信が届き、その日で受け取ることができた。問題はもう一人で、リマインドのメールには「来週持っていきます」と返事が来たので、一週間待っていたのだけれど、特に連絡がなかった。そこでもう一週間だけ待って、その週にも連絡が無かったので、三人でのお祝儀として渡してきた。

 その渡した二日後に、お祝儀をもらえていなかった後輩から、もう渡しましたか、という連絡が来たので、もう渡したことだけを伝えて、話は終わった。

 これ、僕は、もう一回、渡す前に連絡すべきだったのかずっと悩んでいる。遠くはない少し別の場所で働いているとはいえ、ちょっとこっちを待たせすぎだなと思ったので、連絡をしなかったのだけれど、音頭を取ったのであれば、その責任を果たすべきなのが軽やかな上手いやり方だったなと思う。さらに言語化すれば、それをすることで、この後輩に、期待するし、期待をすれば裏切られたときに根に持つことになるしというそれを考えることが面倒くさくなったと言うのもある。おそらく、少し前ならもう一度メールを送ったりしていたけれど、その代わりに、何かしらの嫌味や説教のようなことも言ってような気もする。

 今は個人的に、他者に甘えないということを意識して心がけているので、そういう選択をしたのだけれど、それが当たっていたのか間違っていたのかは分からずにいる。僕は先生でもないし、相手は子供でもないので、そこまでする必要はない、と判断した。南海キャンディースの山里のように、視聴者の視線を意識して負け顔を見せつつ、自分の弱さを曝け出していて、うまく宥めて、みたいなことが出来る先輩にはなれない。

  がしかし、うっすらと、ああこうやって、関係性を希薄にする努力をすることで、縁が切れていくんだろうなと考えてもいた。

 ここで、ニシダ更正プログラムに話を戻すと、「勝負の場に呼ばない」と言うのは、悪い考えではないな、とも受け取れると言うことに気がついた。ある種、芸人や番組プロデューサー、構成作家といった、実力でのみ生きていく世界においてでも切り捨てることはせず、泥舟が沈でもよし、という縁を切ることをしないというのは、ほんと、お笑いの世界というのは、どこまでも歪な優しさを持った世界だなと噛み締めたと同時に、自らの考えを恥ずかしく思えた。

 佐久間の「やっぱリスクを取らないといけない場所は、今のところあんまり向いていないから、俺は出来れば伸び伸やらせようって。リスクがない場所で。競走馬じゃあない。放牧、みたいなスタイルだったら上手くいく。」という言葉はなるほどなあという感じだ。

   ニシダが更正しないほうが、お笑いファンとしては十年後に楽しめる可能性が高いのでどっちでも良いのだけれど、ノブロックガチ仕様については、かなり良いものを見れた感があった。

自らの加害性に自覚的になる、つまりは差別主義者として生きていかざるを得ないことへの省察

 

 友人から、NHKが公開している動画を教えてもらい見てみた。それは、小学生女子が、エレベーターで、大人の男に襲われるというものであった。啓発のための動画なので、すんでのところで女児は助かったわけだが、一般男性が見てもゾッとする作りになっているだけあって、 

 と同時に、自分の中で、エレベーターで誰かと二人きりになることが恐怖になるという認識が全く欠如してることに気付かされた。夜道はもちろん分かるし、何だったら、目の前を女性等が歩いていたら、立ち止まるなどするようにはしていた。エレベーターでそれをしなかったのは、エレベーターの中は電気がついており、何より、内部には防犯カメラがついているというのは当たり前のものとして思っているので、そこで他者を襲うということは考えがつかなかった。

 だからこそ、夜道で歩いている時に前を歩いていた女性が走り出しても「いや誰が襲うか!」とはならないが、エレベーターに入ろうとした時に閉まるボタンを連打されるという体験をしたら、乗せろよ!とはムカついたと思う。

 つまりは、男であるということだけで発している自らの加害性に気づけていなかったということになる。

 今の仕事ではチーム制で動いており、正規雇用が僕ということもあって、形式上はそこでは上司ということになっているのだけれど、その部下の一人が、なぜか明確に僕のことを敵視しており、確認などを依頼したりすると、割と強めに反論されたりするなどし、嫌だなあと思っているなどしていたが、ここで何かミスったら、パワハラとなって詰むな、と頭を抱えてしまった。

 また、仕事について説明するときに、僕は理屈から説明するようにしている。それは、その作業をすること、そういった運用になっていることの理由を、土台から説明することで、記憶に留めてほしいということが一番にあるし、何より、自分自身が、ただこれをやってくれと言われるのが大嫌いだからだ。ただ言われたまま、そうして仕事をやったときには全く応用力や自発力が育たない。

 二週間以上前に感染症拡大対策のガイドラインに沿った飲み会をした際に、その場を見ていた人に、笑い話っぽく、嫌味ぽかったと言われ、ふむ、となった。

 その時に説明した業務は、今後も出てくる概念であり、説明するに越したことはないと考えていたから行ったのだけれど、これはチームのうち、僕とは別の専門的な業務を行う人であり、かつ新人だから許容範囲だけれど、そうではなければ、ここまでやる必要はないのかもしれないと思いを改めた。単純な業務を依頼するときには、端的にすることを伝えるのみでいいのかもしれない。その人が自身の成長を望んでいないし、もっと言えば、僕も単純な業務を原則として依頼する立場であるのであれば、僕からの説明を聞いている時間は苦痛でしかないからだ。

 良かれと思っていることこそが、他者への害悪となる例の一つだけれども、これはもう生きていくうえで避けられないことでもある。何をしても、誰かの害である。生きていくということは、撒き散らすことだと定義しても良いのかも知れない。

 例えば、セクシービデオを妻に隠れてコソコソと見たり、非公開リストにセクシー女優をまとめたりしているが、ツイッターなどでセクシービデオのネタを言わないようにしているのも、AV女優をセクシービデオと書いているのは、そうすることによる加害性を自覚するようになったからだ。いまだに、何がセクシービデオだ、欺瞞の言葉じゃねえかとも思っていたりもする。

 僕だけに言えることではなく、例えば、ツイッターなどで、こんな馬鹿なことを言っている奴がいるなどと拡散すること自体が他者にそれらを知らせる行為という意味では加害性を持っているし、正論を述べるアップデーター軍団が正しさを持ってのみ他者を糾弾することで、正しさがもつある種の加害性に無自覚と言えるし、だから僕はアップデーターを信用していない。

 人間は、生きているそれだけで肛門が馬鹿になった動物が糞尿を撒き散らすように、他者に自らの加害性を撒き散らす。絶対、自分より小さな存在を差別する。

 問題はこの撒き散らしを、いかにして抑えるかということを強く意識しなければならない。自らの加害性にどこまで自覚的になれるかというのが、レイシストであり、セクシストであり、ミソジニストであり、ルッキズムに染まっているなどを自覚するということが今後のテーマだなと思っている。