石をつかんで潜め(Nip the Buds)

ex俺だって日藝中退したかった

空気階段 第4回単独ライブ「anna」感想

 水川かたまり演じる女性が、鈴木もぐら演じる男性に「それじゃ、行こっか」と声をかけ、その場から移動しようとしたところ、男性が「のりこさん!」と引きとどめ、ポケットから紙を出し、女性に向けて読み始める。その内容はプロポーズ。たどたどしく手紙を読む男性に観客はハラハラさせられるが、女性は承諾し、一世一代の申し出は成功に終わる。そこで舞台は暗転。それから舞台上の画面には「11ヶ月後」の文字が映し出され、観客が笑う。画面が明るくなると、うなだれている男性が立っている。男性は「や、めちゃくちゃ離婚したんだけどー。はえー!新婚生活のまま離婚したんだけど―!いやぁ~。まあ、こんな人生もあるよね!」と言って、笑顔を見せる。
 そんな水川の実体験に基づいたコントを、オープニングコントとした空気階段第四回単独ライブ『anna』、端的に言って、最高で素敵で胸がいっぱいになる単独ライブだった。
 ヒット曲を出した後にスランプに陥っているミュージシャンのクボヨウヘイが、売れていない頃によく通っていた汚い居酒屋に久しぶりに顔を出すと、常連仲間だった歯のないおじさんのカメちゃんと同席して飲み始める。ミュージシャンが悩みを打ち明けると、カメちゃんは実は27歳で死んだ伝説のミュージシャンのフルサワタロウだったと打ち明け、そこからさらに展開していくという、空気階段が得意とする都会の闇的コントの「27歳」。
 凶悪なハッカーと刑事とのやりとりという皮をかぶったテレビでは出来ない単独ライブならではの下ネタ連発コント「SD」。
 雨宿りのために入った喫茶店がコンセプトカフェで、しかも、カフェの題材は店主が小学生の頃に書いていた漫画だという「メガトンパンチマンカフェ」。
男がコインランドリーで下着泥棒をしていたら、急に洗濯機で心の汚れを洗っているという男とのコント「コインランドリー」。
 個室ビデオに入った客が、コトを始めようとしていたら、防護服を着た男が部屋に入ってきて股間に機械を当て始めるも、それに気がついた客が問いただすと、防護服を着た男は、電力の自由化を機に設立された勃起力から電力を作る電力会社「TEIMPOCO」の社員だったという「銀次郎24」。
 そして「Q」を挟み、ラストの表題作「anna」に向かう。45分近くあるこの長尺コントで、笑いながら、少し泣いた。
 水川演じる女子高生の島田さんが、勉強に疲れ、何となくラジオをつけるとちょうど番組が始まり、もさっとした声が聞こえてくる。
「えー、リスナーの皆さん、先週はすいませんでしたー!ほんとーにすいませんでしたー!先週、放送中にですね、私3回寝ちゃいまして。もうね、一つ言わせてください、1時3時、眠いんだよ。眠いの。」
 冒頭から、先週聴いていないとわからないトークが始まり、しばらく聴いた島田さんは一言「ラジオってこんなめちゃくちゃなんだ」。そう、いつだって、深夜ラジオとの出会いはは、そのめちゃくちゃさに心を惹かれるし、大抵は何の話をしているのか分からないというところから始まる。コーナーが始まり、ネタメールが読まれると、今度は、鈴木演じる男がラジオの前に座っている男にスポットが移り、男のリアクションからこの男がネタメールを採用されているラジオネーム・ヤマザキ春のパンスト祭りであるということが分かってくる。そして、次の場面でこの二人が、実は同じ学校の生徒だということも分かってくる。
『チャールズ宮城のこの時代この国に俺が生きてるからって勝手に勇気もらってんじゃないよラジオ』、通称「勇気ラジオ」と、ペナルティとしての教室掃除を通して、少しずつ仲良くなっていく。
 「同じラジオを聞いていると言うだけで、油断して採用されていた下ネタメールの話をしてしまう」や「質問に対して早く答えて『はやっ』みたいな独特のノリが生まれる」という深夜ラジオリスナーとして出会った二人というあるあるが挟みこまれていく。
 きっと、島田さんは勉強が出来て頭が良いから、すぐにコーナーの主旨を理解して大喜利のお題に沿った回答を出すことが出来る、コーナーの初期で多く採用を重ねるタイプで、ヤマザキ春のパンスト祭りは、1日中考えて投稿するから、ネタのコーナーの崩壊や、リアクションメールでコーナーのきっかけを作ったりするタイプのメール投稿者と思わせる。
 胸を苦しくさせたのは、将来何になりたいのか尋ねられた山崎が、あんなに採用されているのに、「タクシー運転手」と即答するところだ。その理由は1日中ラジオが聴けるから。架空のラジオの架空の投稿者に対して、「才能あるんだから、作家になれよ!」と憤ってしまった。
 二人の教室でのやりとり、番組の音源それぞれを交互に見せるという演出は見事で、そこに、ラジオネーム・水曜日よりの使者からの恋愛相談のパートも加わる。恋愛相談は、恋に悩む男子高校生が、共通の趣味を持つクラスの女子を好きになってしまったというもので、定期的に採用され、卒業式の前日に、明日告白するという内容のメールが読まれるも、結果は報告されないまま、メールも来なくなってしまう。
 それから一気に時間は飛び、山崎と島田は、島田が経営する喫茶店で10年ぶりに再開、また付き合いが始まる。この10年、一度も会うことは無かった二人だが、ヤマザキ春のパンスト祭りは投稿を続けており、投稿を辞めてしまったもののリスナーは続けていた島田はそれを一方的に聴いていたということが分かる瞬間は、我がことのように嬉しくなってしまった。例えば、どんなに生活環境が変わっても、不調な状態でも、その人がラジオを聞けるくらいに元気であれば、連絡は無理に取らなくてもいいやと思っている。そこから幸せな時間が続くかと思いきや、「島田さん、先週の勇気ラジオ聴いた?」「うん、終わっちゃうんだね」というやり取りが出てきて、勇気ラジオが最終回を迎えることを知る。
 そこで暗転し、勇気ラジオの最終回が流れる。放送の中でチャールズは勢いをつけてこう喋る。
「まあ、終わっちゃう理由はいろいろあって。一つじゃないんです。えー、まず、放送禁止用語を言った回数が100回越えてしまいました。あと、番組ツイッターの写真に俺のチンチンが普通に写ってました。あの、一概にですね、これが原因ってことは言えないんですが、あの、こういう色んな要素がですね、複雑に重なって、番組が終わってしまいます。無念です。ただねぇ、終わると言っても、だからって、みんなに会えなくなるって思ってないからさ。おぉ。ラジオという形では、この一時三時ではもうみんなには会えないかもしれません。まあ、きっと会えないでしょう、この先。ただね、ただ、私はね、ただ、私はね、みなさんに会えると思ってる。そう、例えばそれが、例えばそれが夢でも良いと思ってる。夢でみなさん、会いましょうよ。ね、今日このラジオの後、みなさん寝ますよねぇ。僕もこのラジオ、放送終わったら家に帰って寝るでしょう。家に帰って寝た後、みなさん、僕と夢で会いましょう。この15年間どうだったか、みんな話しましょうよ。聴いてください、僕のベストソングです。銀杏BOYZで『夢で逢えたら』」
 舞台に照明が再び灯ると、タクシーを運転する山崎と、後部座席に座る島田の場面に移っている。二人で勇気ラジオを聞いていると、ラジオネーム・水曜日よりの使者からのメールが10年ぶりに読まれ始める。
 好きなラジオが最終回を迎えたことが一回でもある全てのラジオリスナーの心に突き刺さるコントで、かつ、芸人になる前から、そして芸人になった後もラジオで、比喩でなく、ラジオで人生が変わった空気階段にしか出来ないコントだ。エンディング曲が、ハイロウズの「日曜日よりの使者」なのも、もう卑怯なレベルになってるほどに、ストレートだ。つくづく、深夜ラジオは放送が長ければ長くなるほど、特殊な場所としての機能が強くなっていくことが実感できる。番組が終わることは、たまり場が立ち入り禁止になってしまうということに近い。
 チャールズは、太っているわ、童貞気質だわ、暴言は吐くわ、火事を起こすわ、平気で一分近く喋らないわ、歯が無いわ、すぐ離婚するわで、TBSラジオのパーソナリティの駄目なところだけをかき集めたような男だが、「まあ、きっと会えないでしょう」と正直に言ってしまうところが、リスナーに信頼されてきた部分だろう。多分、放送禁止用語を100回も言っていないし、番組ツイッターにチンチンも写っていない。それはきっと照れ隠しのボケだ。勇気ラジオのリスナーではないが、そんな想像を膨らませてしまう。ついでに妄想めいた深読みをすれば、タイトルの「anna」は、深夜ラジオの代名詞であるオールナイトニッポンの略称のANNが交差しているようにも見える。どんなに疎遠になっても、同じ時間を共有しているというだけで、いつか人生のどこかでまた会えるという希望がある。
 『anna』を構成するオープニングコントはもとより、コントの端々から、『空気階段の踊り場』で聴いた彼らのエピソードなどを思い起こすが、そういった方法で読み解くことのほうが野暮なくらいに、素晴らしいコント群だった。全てが、「まあ、こんな人生もあるよね!」というもので、それは水川が強い影響を受けた、かもめんたるの「メマトイとユスリカ」とは違うアプローチで、人間賛歌という大きな命題にリーチしている。
 最後のコントを除いて、特に好きだったのは「メガトンパンチマンカフェ」や「コインランドリー」だ。こういったコントがあるからこそ、単独ライブを見たなあという気にさせられる。
 小学生の頃に描いてクラスで流行った漫画のコンセプトカフェをやっているという愛おしい、でも狂気が漏れている設定で、かつ上手くやれば意外とヒットしそうな気もする「メガトンパンチマンカフェ」は、良い意味でカチっとしておらず、ダラッとしていて、特に、日本円をこのカフェでしか使えないコロニ―へと通貨に両替するために、一回別のガロンという通貨を挟まないといけないという世界観と、それを店主が拙く説明するという無意味で冗長な時間、それなのに、店主自身が間違えて、ワンステップ飛ばして、1000円を受け取って1兆コロニ―を渡してしまうというくだりは、たまらなく好きなくだりだ。このネタが賞レースでかけられたとしたら、真っ先に切り離されてしまうような余剰にこそ、コントの愉悦は詰まっている。
 「コインランドリー」は、繊細なかたまりにとってこの世界はこのくらい生きづらいんだなと思わずにはいられないほどに、かたまりのここ半年のストレスが詰め込まれたようなコントで、「汚れがどーたらこーたら言ってっけど。お前が言ってるその不安とか怒りとか悲しみとかそういう汚れっつーのが、人間がみんな抱えて生きていくもんじゃねえの汚れなのほんとにそれって」ともぐらがかたまりに諭してからの、オチまでのくだりが大好きだ。
 この二つのコントがあったから、笑いの幅が増え、それが満足度の高さに繋がったし、そのことで第三回目の単独ライブ『baby』を個人的には越えてきた。千穐楽では15分削ってもなお、2時間10分と長時間だったが、この時間が短くなれば、もっと凄いことになるんじゃないか。そう思うと、空気階段のさらなる進化への期待も膨らまずにはいられない。