石をつかんで潜め(Nip the Buds)

ex俺だって日藝中退したかった

スピ

 コーヒーが好きで苦味にも強く、麦製品が好きなのだから、ビールが嫌いなのはおかしいだろう、と思い始めていたのと、クラフトビールが好きってシティボーイだなというのもあって、何となく調べていたら、行動の範囲内に、良い感じの醸造所があるタップルームを見つけた。その時は、新型コロナの感染状況はとても悪かったこともあり、しばらく行けないなあと思いながら、口コミを読むなどしていた。
 それからしばらくして、宣言が発出されていない状況に入ったある日、仕事を早退し、行ってきた。那覇市にある国際通りから路地に入って少しだけ歩いて、店に到着するも、時短営業のため5時からのオープンという案内が入口に貼られているのを確認する。あと、20分ほどあり、この次に用事があったこともあり、その絶妙な待ち時間に、今度にするかと後回しにしそうになったものの、次に行けるようなタイミングがいつ来るかも予測出来ないことは大きく、幸いにも近くにコンビニがあったので、立ち読みをして時間を潰すことにして、お店に行くことにした。
 コンビニで雑誌を読んでいると、歌手の折坂悠太が、柳田邦男の『遠野物語』をレコメンドしている記事を見つけ、「伊集院光も、音読するくらい好きだと言っていたな、読まないとな」となったりはしながら雑誌を読み終えても、まだオープンまでは時間があり、コンビニを出て、平和通りや市場中央通りを散策していると、古本屋を見つける。商品を見ていると、『遠野物語』が並んでいて、おっ、スピってると嬉しくなり手に取った。「スピってる」とは、TBSラジオで放送されている『東京ポッド許可局』で出てくるワードで、身に起きた偶然のことを、ことさら大袈裟に言うものだ。これは買うとして他にも何かないかな、と本棚を眺めていると、京須偕充圓生の録音室』が目に入り、さすがに驚いてしまった。この本は、三遊亭圓生という昭和の大名人である落語家の音源集『圓生百席』を企画した作者の当時を振り返った著作であり、最近、TBSラジオ伊集院光 深夜の馬鹿力』で、『圓生百席』を聞いている伊集院光が紹介していた本で、読みたいなと思っていたので、『遠野物語』と一緒に見つけたというその事実に興奮しながら、すぐに購入した。
 時計を見ると、すでに目的の時間になっていて、来た道を引き返し、タップルームへ向かう。古本屋で買った本をタップルームで読みながらクラフトビールを嗜む、それはもうシティボーイやという気持ちを胸に、店に入る。このお店、何より、ロゴとカラーリングがとても良い。
オープン直後なので、先客は一人。分かった顔をしながらメニューを開き、一番基本となっていると思われるビールと、イカのフライを頼む。
 すぐにビールが来て、飲むと、美味しい。居酒屋で売られていたり、缶ビールとは確かに違う。本を斜め読みしながら、少しずつ飲む。窓から見える景色は古い沖縄の家屋が多く、お洒落な店内からくつろぎながら外を見ていると、何となく、タイムマシンに乗っていて、昔の沖縄の街を浮遊しているような気もしないでもない。
 滞在自体は30分ほどであったが、ひとり呑みの時間の楽しみ方を掴めたような気がした時間だった。もう一種類くらい、飲みたかったが、次の機会に取っておくことにした。攻めの保留だ。
 タイタンシネマライブが見られる桜坂劇場は、この近くにあり、二カ月に一度、開演までの時間をどうするか悩んでいたので、定期的にこのお店にしようという気持ちにはなっていた。
 お金を支払って店を出ようとすると、店員が駆け寄ってきて、下の名前で声をかけられる。あまりに予想していなかった突然の事柄に驚いていると、店員が一瞬マスクをおろすと、高校の部活の後輩だった。頻繁に会っているわけではないが、定期的に、知人の結婚式をはじめ、何となく顔を合わせていたのでそこに驚きはなかったのだけれど、就職先を知っていたので、だからこの場で店員をしていることに、思考が追いつかなかった。聞けば、ここニ三カ月で退職し、働き始めているという。
あたふたしたまま、そんな話をして店を出た。
 本との出会いから始まり、なんか凄い体験をしてしまった。
 鹿島さん、これってスピですか。