やなせたかしの「正義」について考えよう。

311の震災以降、ラジオで頻繁に耳にした一曲がある。「アンパンマンのマーチ」だ。
日本人なら誰でも口ずさめるこの歌は、電波に乗って人々の心に浸透し、いくらかの落ち着きを与えてくれたと思う。

そうだ うれしいんだ 生きるよろこび 
たとえ 胸の傷がいたんでも
なんのために生まれて なにをして生きるのか
こたえられないなんて そんなのは いやだ! 
今を生きることで
熱いこころ燃える
だから君はいくんだ
ほほえんで


そうだうれしいんだ 生きるよろこび
たとえ胸の傷がいたんでも 
ああ アンパンマン
やさしい君は
いけ!みんなの夢まもるため

アンパンマンの作者やなせたかしは、アンパンマンの世界に自分の思う正義を込めて描いてきたと、著書「わたしが正義について語るなら」に書いている。
やなせが思う正義とは何か。
それは平仮名版「あんぱんまん」のあとがきに書いてある。

ほんとうの正義というものは、けっしてかっこうのいいものではないし、そしてそのためにかならず自分も深く傷つくものです。そしてそういう捨て身、献身の心なくしては正義は行えませんし、また、私たちが現在、ほんとうに困っていることといえば物価高や、公害、飢えということで、正義の超人はそのためにこそ、たたかわねばならないのです。

そしてやなせにとって、何よりも飢えた子供を助けることが一番大事だと思っていた。
それはやなせが第二次世界大戦で兵隊として参戦していたころの体験がもとになっている。大砲部隊に所属しており、一日中重い大砲を持って歩くことも、上官に殴られることも、若かったこともあり、一晩寝たら何とかなったと言っているが、空腹だけにはどうしたって太刀打ちできなかったと。
そうした経験が、やなせなりの「正義とは何か」という問いに、「飢えた子供を助けること」という答えを出し、それを具現化したヒーローこそがアンパンマンだった。


やなせは中国で終戦を迎え、日本に帰ってきたころは27歳であった。
そのときに、今までの軍国主義から民主主義に、という壮大なパラダイムシフトの中で、ひとつのことに気づく。
それは「正義はある日突然逆転する。逆転しない正義は献身と愛である。」ということである。


しかし、アンパンマンが誕生するまでに二十数年の時を要する。
その間は三越で働いていたり、テレビの構成作家手塚治虫が製作したアニメ「千夜一夜物語」に関わったり、雑誌「詩とメルヘン」の編集をしたりと様々な分野で活躍をする。

アンパンマンの前に、平仮名表記の「あんぱんまん」が存在する。
あんぱんまんは、アンパンマンのようにアンパンの顔ではなく、人の顔をしている。
最初は大人向けとして発表されたようだが、どうしてそのようなものになったのかは、下記のように書いている。


自分でパンを焼いているから、マントには焼けこげがある。太っているし、顔もあんまりハンサムじゃありません。非常に格好の悪い正義の味方を書こうと思ったのです。
正義の味方は自分の生活を守ってくれる人ではないかと思っていた。


あんぱんまんは、評論家だけではなく、幼稚園の先生、そして出版会社の人たちからさえも評判は良くなかった。
やなせ自身もなかばあきらめたように「ウけないんだろうなあ」という気持ちだったという。
だが捨てる神あれば拾う神で、ある人たちは夢中になって読んだ。三歳から五歳の子供たちだった。
ある日、写真を現像するためにカメラ屋に出かけたやなせは、店の主人から「自分の子供が『あんぱんまん』が好きで毎日読んでくれとせがまれる。そのうちに、自分も話をすっかり覚えちゃったよ」
といわれる。それ以後も似たようなことを言われるようになる。

そうして、あんぱんまんが認められていく中で、真剣に考えるようになる。
そうしてやなせは作品に「正義とは何か。傷つくことなしには正義は行えない。」というメッセージを
入れることにしたという。
アンパンマンマーチ」に「愛と勇気が友達さ」というフレーズがある。
小学校四年生が、どや顔で「アンパンマン、友達少ないな!」とツッコむでおなじみのフレーズであるが、ここにもメッセージは込められている。

戦うときは友達をまきこんじゃいけない。
戦うときは自分一人だと思わなくちゃいけないんだということなんです。


今必要なものは、大げさな正義はなく、隣の隣の人までを助けるくらいの小さな正義なんだと思う。