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2021年のベスト配信ライブ『マヂカルラブリーno寄席』感想

 2021年のベスト配信ライブが『マヂカルラブリーno寄席』に決まったみたいですね。

 マヂカルラブリーが、『M-1』を優勝したご祝儀という意味合いで、何の気なしに買った配信ライブが、こんな凄いことになるとは夢にも思いませんでした。一時間で終わって、むしろ良かったというくらい笑いと時間が圧縮された無法地帯が繰り広げられていたこの配信ライブは、当初の販売時間で7,000枚以上の販売があったみたいです。

 出演した芸人は、マヂカルラブリーの他には、ザ・ギース、脳みそ夫、永野、モダンタイムス、ランジャタイ。今回は無観客ということもあって、出演する芸人は、舞台ではなく、観客席にいる。この芸人と無観客という組み合わせが未曾有の無観客配信ライブを産み出すフリになっているとは夢にも思わなかった。全国各地の視聴者が見たのは、お笑い超人たちの新年会だ。こんなのは寄席じゃない。

 マヂカルラブリーが舞台に登場し、新年のご挨拶をしている途中から、観客席の永野が「お前たちのは漫才じゃねえからなー!!」と野次を飛ばす。マヂカルラブリーの二人も「ピンネタじゃない人が言ってきてますよ、もう」「お笑いじゃない人が、お笑いじゃない人たちが集まってますよ」と返す。この永野の野次とマヂカルラブリーのやりとりが、明らかにスイッチとなった。永野のこの一言で、『マヂカルラブリーno寄席』は、一気に『ノーセンスユニークボケ王決定戦』ばりの無秩序へと舵を切っていく。ちなみに、個人的に大配信時代元年となった2020年のベスト配信ライブだった『ノーセンスユニークボケ王決定戦』も永野×無観客だった。「withコロナ」時代の配信ライブの鍵はここにある。

 マヂカルラブリーは「ヤンキー」。漫才で野田の挨拶が「村上のよだれでーす」という、これからどれだけテレビでマヂカルラブリーがネタをやっても聞けないような、ライブ仕様のものだったのも良い。ヤンキーと肩がぶつかっても強く言えないという野田が、ぶつかった後のシミュレーションを村上とするというネタ。そのネタのなかで、どこかで見たボケを三回やったので、黒いモヤモヤに連れ去られて歴史から消されてしまう。村上は、代わりに舞台に出てきた魔界漫才王と漫才を続ける。

 その他の、ザ・ギースは、「商談」というちゃんとしたネタをかけたのに、大掃除だからと汚れていい服で行ったら、そのダサさをバカにされたみたいな空気になってしまったり、野田が師匠と仰ぐ川崎がいるモダンタイムスの「ハツ!」は、言われてみればどこかマヂカルラブリーの漫才の源泉にあたるような、意味分からないけれども面白いコントだった。村上の大学の先輩という意外なつながりがある脳みそ夫は、「豆腐ガール絹子」。普段から変なネタをしているから、ガヤの中でも全くぶれていなかった。

 そんな中、ランジャタイと永野が凄まじかった。

 ランジャタイは「漫画家」。子供の頃から漫画家になりたかった国崎は、13年近く漫才をやってきたが、漫才が漫画じゃないということに気が付いたので、漫画を書いたというネタ。本題に入るまえに、国崎が伊藤を見て、「モミアゲの化け物だよね」と言いだすところから、観客席にいる芸人たちのガヤも入りだす。

 国崎が命を削って書いた「ダンク決めろ!かっぺい君!」というバスケ漫画の説明に入るが、主人公がゴリラだということが発覚し、驚いた伊藤がジャンルを聞き出してからの三分近くがやばかった。国崎が「バスケットゴリラ漫画だから」というと、伊藤は「ギャグってこと」と尋ね、国崎は「バスケットゴリラ漫画ゴリラだから」と答え、それに対してまた伊藤が詳細を訪ねるというこのラリーがあって、それがどんどん深みに入っていく中に観客席の芸人たちが、野田を筆頭に「理解しようとすんなって!」「進めろって!」とガヤを入れていく。国崎と伊藤のやりとりと、ガヤで、画面から色々な声が聞こえてくるが、うるささはなく、そこには整理された混沌があって、めちゃくちゃ笑ってしまった。

 終演後、マヂカルラブリーの野田は、『ランジャタイの正しい見方は「頭おかしすぎて何言ってるかわからないやつ」と「友達いなさすぎてそんな奴でも手放したくないから話し理解しようとするやつ」な気がしてきた』とツイートをしていたが、もちろんその場では言語化は出来ていなかったがそんな革命的な気付きがあった。

 ランジャタイに限らず、漫才というのは、漫才師と観客の間には大きな幕がある。この幕を如何に透明にして、意識させずにするかというのが、漫才師の力量となってくるわけだけれども、芸人のガヤという補助輪を介在させてランジャタイのネタを見ることで、その幕すらも飛び越えて、客としてではなく、伊藤としてランジャタイを見ているという異常な領域に達しかけた。『呪術廻戦』でいうところの領域展開、つまりは必中必殺となる。年末にアニメを最新話まで見ていて良かった。個人的に構築しようとしている、漫才対幻想論でいうと、漫才というのは漫才師同士の対となる幻想が、観客が持つ共同幻想流入してくるということでウケるものと考えているが、観客も対幻想の中に取り込まれるというありえない状態になっていた。平たく言えば、芸人のガヤを通して、ランジャタイの漫才を見ることによって、観客としてではなく、ほぼ伊藤の視点と思考で、国崎を見ているような感覚に陥りそうになった。

 特に笑ったガヤは、「理解しようとすんなって、もういい伊藤、進めろって!」「殺せ!」「興味ねえよ、黄色の奴の話。」「こいつしか興味ねえよ」「家でやれ」「本編入るのかこれ」「トラベリングじゃないか」「ダブルドリブル」、「(ダンク)決めてなかった?」だったが、ランジャタイに不足していたのは、この視点だった。

 いくら、手放したくない友達と言えども、そういったことを伊藤は指摘してもよかったんだなと感心してしまった。国崎が「第一話見る?」と観客席に向かって話しかけるのも良かった。

 この「家でやれ!」という空気を漫才に落とし込めたら、ランジャタイは、史上初の『M-1』5連覇も夢ではないと思います。

 ランジャタイも凄かったけれど、泣きながら笑って、椅子から転げ落ちてしまい、思わず子供を抱き締めにいったのが永野でした。

 永野がかけたのは、「両手を利用して飲み会でモテようとする男」「ネタのブリッジだけで売れっ子になったピン芸人」「同性ウケを狙いすぎて失敗した女芸人」の三本。「両手を利用して飲み会でモテようとする男」の純度を高めた小学校低学年のおふざけですでに笑っていたが、「ネタのブリッジだけで売れっ子になったピン芸人」が凄かった。全っ然、面白くないショートコントの合間のブリッジで好感度を得ようとするピン芸人をネタにしたネタなのだけれど、前二本は「おじいちゃんおばあちゃん長生きしてねっ」「おじいちゃんおばあちゃん、お餅に気をつけてっ」という一言をリズムに行っていたのに対して、と最後のショートコント「銀行強盗」のブリッジが異常に長くて、それがここで終わるだろうと安易に想像した倍の長さで、途中からもう辞めてくれ、と泣いてしまった。

 「同性ウケを狙いすぎて失敗した女芸人」は「おい、男!」という呼びかけからの男の斬り方、女ウケの狙い方まで、一切何も言っていない全てがカスなネタで、こちらも最高だった。

 少し前の永野は、「やかん」ばっかりかけてイリュージョンを追い求めていた立川談志のように、元ブルゾンちえみこと藤原史織の幻影を追いかけていたのだけれども、それを見事にネタに落とし込んでいた。

 全組のネタが終り、エンディングのラスト5分ほどは、出演者全員、夢から覚めるのを嫌がっているように、ぐだぐだとしているのも、このライブの凄さを物語っていた。新型コロナや、漫才じゃない論争は、どちらもアホだが、それらをフリにしたら、ものすごいお年玉となった。また明日からの仕事を頑張ろう。

 以上、世の中を舐めた今年アラフォーに突入する男が片手間で書いたライブレポでした。

 

 

ちなみにですが、2020年の配信ライブのベストは以下の通りです。

 

1位 ノーセンスユニークボケ王決定戦

2位 ロングコートダディ単独ライブ「たゆたうアンノウン」

3位 あちこちオードリー

4位 シベリア少女鉄道「メモリー×メモリー

5位 劇団かもめんたる「君とならどんな夕暮れも怖くない」